吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

スパイの妻<劇場版>

 2020年11月に劇場鑑賞。

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 黒沢清監督の作品は個人的には当たり外れの差が激しいと思っている。近年は外れが多くて、本作も途中までは「また外れたかぁ~」と思っていたのだが、最後にあっと驚く展開になったので、そこまでの外れ感が帳消しになった。

 黒沢清は細部のリアリティには興味がなく雰囲気を重んじる監督だということは「アカルイミライ」の時に感じていた。今度もまた、歴史劇にもかかわらず時代考証に力をいれていないところにそれを感じた。そして、演出が舞台劇のようなのも興味を引く。長セリフを舌をかまずに一気にしゃべり通す主役二人のうまさにはこちらが舌を巻いた。いかにも時代がかったセリフであるが、それが最高潮になるのは聡子が昏倒するクライマックス。

 この映画に関しては何を書いてもネタバレになりそうだが、タイトルにある「スパイ」とは何のことなのか、誰のことなのか、最後までミステリアスな展開だ。舞台は1940年の神戸。主人公夫妻は瀟洒な洋館に住んでいるから、これはどう見ても神戸異人館を想起させる。すでに戦時統制経済下にあるというのに結構な暮らしを続けているハイカラな夫婦である。さほど大きくはない貿易商社の社長とその若く美しい妻という設定になっていて、そこに妻の幼馴染の軍人が訪ねてくる。この軍人が長身でかっこいい東出昌大だから、当然なにか不倫めいたことが起きるのではと観客は期待する。

 なにしろ映画全体が芝居がかっているから、怪しい匂いがプンプンしていて、何を見ても全部怪しい。映画は巻頭、劇中劇を撮影している場面から始まる。その時の撮影機がパテベビーという9.5ミリフィルム機だと思う。これが物語全体の大きな伏線になっている。

 主人公たちはとんでもない国家機密を入手して、それをなんとか全世界に知らせようと画策するのだが、果たして。。。。

 で、終わってみれば、いったい誰が誰をいつからだましていたのかと観客は映画の冒頭に帰って反芻したくなるような映画だった。古い洋館のお屋敷の足音や会社の倉庫の重い扉、古い金庫。何もかもがレトロな雰囲気を見せてお見事。

2020
WIFE OF A SPY
日本 Color 115分
監督:黒沢清
脚本:濱口竜介、野原位、黒沢清
撮影:佐々木達之介
音楽:長岡亮介
出演:蒼井優高橋一生坂東龍汰恒松祐里みのすけ、玄理、東出昌大笹野高史