吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ヒトラーに屈しなかった国王

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 1905年にノルウェースウェーデンから独立して立憲君主制を敷くことを国民が選択し、デンマークから国王を迎えた、ということを初めて知った。ノルウェーの歴史をほぼ知らない自分の無知に改めて驚く。ノルウェーだけではない。北欧の国々の歴史どころか地理も怪しい。位置関係もあやふやだ。改めて勉強しなおしてみた。といってもWikipediaを読んだだけだが。

 で、この国ではヒトラーの侵略に遭ったときに、降伏を迫る気弱なドイツ公使の言葉に対して国王が断固として拒否した。降伏はしない、我が国の主権は手放さない、と。このとき、内閣はヒトラーに降伏しそうな勢いであったが、国王はそのような軟弱な首相の辞任を認めないと議会で発言した。しかししかし。

 実際に降伏を拒否した瞬間にドイツ軍の空襲を受けるのである。その事態を本当に国王が覚悟していたかどうかは不明だ。そして、爆撃の中を逃げ惑う国王一家は、民衆とともに山林地帯を全速力で走り、林に逃げ込む。そこでは国王も主婦も幼児も同じように木々の根元に全身を震わせながらドイツ軍の攻撃に耐える身である。この映画では国王が一市民と同じ立場におり、空襲下に恐怖にかられる一老人に過ぎないことを言葉少なく描いている。ある意味こんなことは当たり前の描写に違いない。しかしわが国のことを思えば、天皇一家が空襲に逃げ惑い、市民とともに恐怖に震えている様子を描くような映画が想像できるだろうか?

 この映画で描かれるのはドイツからの最後通牒をつきつけられてからの3日間のみ。その間にノルウェー国王と皇太子が言い争いをしたり、どっちつかずのドイツ公使が右往左往する様子が描かれている。ドイツ公使は外交官であり、戦争は外交官にとっては敗北と言えるのだから、冷や汗を垂れ流すのは理解できる。

 映画では、その後の国王一家のことはテロップで短く描かれるのみ。国王はイギリスに亡命し、皇太子一家はアメリカに逃れた。このようにして終戦を迎えたノルウェーでは、国王がドイツに屈しなかったことが民主主義を守ったとしてたたえられているという。なんだか納得できない。

 そこは納得できないものが残るが、この映画がノルウェーで大ヒットした理由は何かと考えるに、かの国の人たちのナショナリズムを鼓舞したのがその理由だろうか。あるいは、国王を一人の人間として描いたことのリアリティゆえだろうか。わたしにはわからない。ノルウェーは遠い外国と思えるが、その現代史は日本のそれと地続きであることを知るためにも見ておくべき作品だろう。(Amazonプライムビデオ)

 2016
KONGENS NEI
ノルウェー Color 136分
監督:エリック・ポッペ
製作:フィン・イェンドルム、スタイン・B・クワエ
脚本:ヤン・トリグヴェ・レイネラン、ハラール・ローセンローヴ=エーグ
撮影:ヨン・クリスティアン・ローセンルン
音楽:ヨハン・セーデルクヴィスト
出演:イェスパー・クリステンセンアンドレス・バースモ・クリスティアンセン、カール・マルコヴィクス、ツヴァ・ノヴォトニー、カタリーナ・シュットラー、ユリアーネ・ケーラー