吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

KCIA 南山の部長たち

https://eiga.k-img.com/images/movie/93972/photo/1dc81477a51ea3c8/640.jpg?1604152210

 非常に緊迫感に満ちた作品。結末は誰もが知っているのに、最後まで緊迫感が持続する面白い映画だった。

 主人公のKCIAキム部長、つまり暗殺犯を演じたイ・ビョンホンは終始ニコリともしない、常に苦虫を嚙み潰したような顔をしている。だけではなく、アクションも筋肉美も披露しない。なんだつまらん、とか思っていたら、意外な1ショットを見せてくれたのでびっくり。それはキム部長がこっそり料亭に忍び込むシーンで、ひょいっと見事に2階の窓に飛びついた場面。あまりにもさりげないから気づかない観客も多そうだが、普通、あんな体操選手みたいな忍者みたいなことはできませんから!

 巻頭間もなく大統領専属の理髪師の部屋が映る。まさに、映画「大統領の理髪師」を髣髴とさせるではないか! 憎い演出である。

 クーデターは、朴正煕大統領の腹心の部下である(はずの)KCIA(韓国中央情報部)部長キム・ギュピョンによって敢行された。なぜ腹心の部下が裏切ったのか? これって韓国版本能寺の変

 朴正煕政権は長期化するにしたがって部下を信用できなくなったようだ。KCIA部長という公職の人間ではなく秘密の側近を重視するようになる。映画の巻頭ではアメリカの下院議会聴聞会で証言する元KCIA部長の姿が映る。彼はアメリカに亡命して朴正煕大統領の不正を暴露したのだった。その姿に激怒した朴正煕大統領に命じられて元部長を暗殺すべく動くのが現部長のキム・ギュピョンである。それは朴正煕が暗殺されるわずか1か月ほど前のことだった。そこからはタイムスタンプを押していく実録ものとして映画は進行する。とはいえ、実録かどうか怪しいフィクションもかなり混ざっているものと思われる。

 史実としては、朴正煕大統領を暗殺したのはキム・ジェギュ部長であり、この作品では名前が変えられているので、かなりの脚色が入っていると思われる。この映画の解釈では、共にクーデーターで李承晩政権を倒した長年の同志がいつしか意見の対立を生み疑心暗鬼に陥るようになり、義憤にかられた一方がもう一方の最高権力者を殺した、ということになっている。そこに至る暗殺犯キム・ギュピョン部長の葛藤、恐怖をイ・ビョンホンが実に渋く演じている心理描写が白眉である。

 緊迫の政治劇のはずなのにそこはかとなくユーモアも漂う、韓国映画らしい作品。史実はこの後、全斗煥がクーデターを起こして政権を握り、光州蜂起が起きるという流れになるわけで、映画が終わってからもまだまだ韓国の苦しみが続くことに改めて胸が痛んだ。

2020
韓国 Color 114分
監督:ウ・ミンホ
原作:キム・チュンシク『実録KCIA 南山と呼ばれた男たち』(講談社刊)
脚本:ウ・ミンホ、イ・ジミン
撮影:コ・ラクソン
音楽:チョ・ヨンウク
出演:イ・ビョンホン、イ・ソンミン、クァク・ドウォン、イ・ヒジュン

新感染半島 ファイナル・ステージ

https://eiga.k-img.com/images/movie/93278/photo/7bb5be63ee0a4f19/640.jpg?1604989395

 抒情的な音楽が美しい。

 (「ワールドウオーZ」+「マッドマックス」)÷2、という映画。アクションの迫力もゾンビのスピード感も、どこか悲しくて笑える点もなかなかよい。

 前作大ヒット「新感染」が狭い鉄道車両内でのパニック映画だったのに対して、今度はスケールが大きくなったので、ぜひ映画館の大スクリーンで見たいところ。続編といいながら、テイストがまるで違うので正確にはやはり別物と思うほうがいいだろう。

 「新感染」でゾンビ感染が広がった韓国がすっかり荒廃しきってしまった4年後の物語である。日本みたいな島国なら”ニッポン全部隔離”でなんとか封じ込めそうな気もするが、大陸の一部である韓国だけでどうやって感染を食い止めたんだろうねぇ。そこが知りたい知りたい、が、そこはスルーすることになっている。

 主人公は元軍人で、今は香港に避難民として生きる世捨て人ジョンソク。彼はゾンビ野生の王国と化した韓国で大金を積んだまま放置されているトラックから金を回収してくるという難易度の高い仕事をヤクザな連中から引き受ける。そして、船で上陸した韓国はゾンビ以外に人間もまだ生存していたではないか! しかも集団を作って生きている彼ら元軍人たちは愚連隊と化して、あたりいちめん完全無法地帯となっていたのだ。そこには母と娘たちだけでサバイバルしている家族もいた。驚異の運転テクニックを持つ中学生ぐらいの少女とその幼い妹に助けられたジョンソクの、制限時間とゾンビと愚連隊軍人たちとの三つ巴の戦いが始まった!

 という、てんこ盛りアクション映画。製作費は前作よりそうとうアップしたと見えてセットも大掛かり、CGも大掛かり。そしてこの戦いを通じて贖罪しようとするジョンソクの自己変革もかかっているのだ。いろいろ泣ける設定が仕掛けてあって、正義とか自己犠牲とか美しい言葉が綺羅星のごとくにわたしの脳内を駆け巡る。最後は美しい音楽が否が応にも盛り上げ、過剰な演出がリアリティを無視して涙をそそるのである。 「マッドマックス」の世界観や世界崩壊ぶりが好きな人にもお薦め。笑える場面も随所にあり。

2020
韓国 Color 116分
監督:ヨン・サンホ
脚本:ヨン・サンホ
撮影:チョン・ギウォン、イ・ヒョンドク
音楽:モグ
出演:カン・ドンウォンイ・ジョンヒョン、イ・レ、クォン・ヘヒョ、キム・ミンジェ、ク・ギョファン

最高の花婿 アンコール

画像1

 いやもう、笑った笑った! 前作も大笑いだったが、それ以上じゃないか。金持ちのカトリック一家、その娘4人もまた医師だったり弁護士だったりと都会で何不自由なく暮らしている。そんな四人娘が結婚するといって両親に紹介した相手があろうことか、ユダヤ人、ムスリム、中国人、ブラックアフリカンだった、というのが前作。で、それから4年。孫もできて幸せいっぱいの両親だったが、娘の婿たちの出身国へ旅行してきてそれぞれのお国柄について毒づいてばかりいる。

 相変わらず排外主義的根性には変化のない夫婦である。フランス第一!

 だが異民族異教徒の婿4人は異様に仲がいい。その仲のいい婿たちがなにやら相談してるではないか。なんと、フランスを見捨ててそれぞれに海外移住しようとしていることが発覚したからさあ大変。孫に会えなくなる! と大騒ぎになった両親はあらんかぎりの財産を使い果たす勢いで娘4家族の移住を止めるための大芝居を打つ。

 これが半端なくすごい大掛かりなものなので笑うしかない。しかも当の婿たちにばれてるし。異文化をバカにするネタとしてはブラックジョークそのものだけれど、こういうのをやりすぎるからシャルリ・エブド事件みたいなのが起きたのかと思うと複雑な気持ちになる。この脚本は差別発言ぎりぎりの線を狙っていて、異文化をディスるだけじゃなくて、フランス自身にその刃が向いてくるところもよい。

 それにしても四姉妹が相変わらず美しい。しかも四人が全然似ていない! さらにはコートジボワールの頑固親父こと四女の義父たちがフランスにやってくるから大騒ぎ。これだけ異文化ネタが続けばもうネタ切れだろうと思っていたら、次は同性愛ネタで攻めてきました。保守的クリスチャンである点では四姉妹の父もコートジボワールの義父も同じなんだな、これが。娘の同性婚に卒倒する父が笑いものにされてしまうのが今回のお話。

 ところで今回の見どころはフランス・ロワール地方の風景。お城だらけのこの地方の観光めぐりが最高によかった。次にフランスに行くときはここに行きたい!

 ラストの落とし方にはちょっと納得できないんだけど、こういう風におわらせないと、続編がさらに作れないわなぁ。(レンタルDVD)

2018
QU'EST-CE QU'ON A ENCORE FAIT AU BON DIEU?
フランス Color 98分
監督:フィリップ・ドゥ・ショーヴロン
製作:ロマン・ロイトマン
脚本:フィリップ・ドゥ・ショーヴロン、ギィ・ローラン
撮影:ステファーヌ・ルパルク
音楽:マルク・シュアラン
出演:クリスチャン・クラヴィエ、シャンタル・ロビー、アリ・アビタン、メディ・サドゥン、フレデリック・チョー

赤い闇 スターリンの冷たい大地で

 

f:id:ginyu:20201001221654p:plain

 8月に見た映画だが、相当に疲れていたのか、映画が始まる前の予告編で既に寝てしまっていたため、巻頭を見ていない(!)

 事前知識をほぼ容れずに見に行ったため、時代が戦前なのか戦後なのかもしばらくわからなかった。ようやく1930年代のことらしいとわかってからは俄然面白くなり、スターリンの五か年計画の実態がわかるウクライナの農村の疲弊ぶりには本当に心が冷えた。

 主人公はイギリスの若きジャーナリストのはずなのだが、見た目が老けているため、まったく二十代の記者に見えない。主人公はヒトラーにインタビューしたことで有名になったガレス・ジョーンズだ。彼は世界恐慌から続く世界的不況の中でソ連だけが繁栄している謎を解くため、モスクワにやってきた。そこでスターリンの「金脈」がウクライナにあると知ったガレスはソ連当局の監視の目をかいくぐって凍てつく雪のウクライナに降り立つ。ウェールズ出身のガレスの亡き母はかつてウクライナに住んでいた。母の思い出の家を見たいという気持ちにも突き動かされてロシア随一の穀倉地帯にやってきたはずのガレスの目の前には、行き倒れた人の遺体が雪に埋もれ、誰からも見向きもされていなかった。それも何体も何体も……

 モスクワでの政府高官の贅沢な食事が映し出され、アメリカ人ジャーナリストのモスクワでの退廃的な生活が描かれる前半とは打って変わって、食べるものが何もないウクライナの農村へとカメラが移動すると見ているほうも寒さで縮み上がるような風景が続く。ほとんど色のない画面からは飢えた子どもたちの御詠歌のような陰鬱な歌声が流れ、遺体を運んでいく馬車に無造作に積まれた遺体はやせ細った足がはみ出ている。恐ろしさにぞっとする光景だ。

 一軒のあばら家に入ったガレスは子どもたちだけが居るその家で、ようやくわずかな肉を分けてもらえた。「この肉はどこから手に入れた?」と尋ねるガレスに少女が答える。「コーリャ」と。「コーリャは兄弟か? 兄さんは猟師なのか?」とさらに尋ねるガレスに子どもたちは黙って大きな瞳を向けるだけ。この場面の恐ろしさには言葉を失う。

 ロシアを襲う飢餓の実態をガレスは命懸けで報道しようとする。イギリスに戻ったけれど、発表する媒体を失ったフリーランスの彼には何も手段がない。そんなとき、ウェールズアメリカの新聞王ハーストが避暑にやってきているという情報を偶然つかんだガレスは、イチかバチかでハーストの別荘に押し掛ける。果して彼の記事は日の目をみるのか?!

 この映画では若きガレス・ジョーンズと対照的な人物として、ピュリッツァー賞受賞ジャーナリストのウォルター・デュランティが登場する。彼はニューヨークタイムズのモスクワ支局長だがスターリンに買収されて、すっかりソ連の言いなりになっている。彼の腐敗ぶりがわかりやすく描かれている。

 何よりも興味を引いたのはジョージ・オーウェルの存在だ。彼がタイプライターに向かって『動物農場』を執筆している場面があるだが、その場面の意味は説明されないまま挿入されていて、やがて彼の名前を明らかにして登場させるという演出がすぐれている。

 モノクロに近い画面と、ドキュメンタリータッチで動くカメラ、人物のアップを多用する撮影、いずれも重厚な映画のテーマにふさわしい演出だ。

 映画を見ているあいだ、なぜか「炎のランナー」が脳内フラッシュバックしてきて不思議だった。そもそも「炎のランナー」じたいほとんど覚えていないというのに、二つの映画の雰囲気が似ているように思えてならなかった。共通項はイギリス映画で時代が戦前、といったことぐらいしかないのに。

2019
MR. JONES
ポーランド / イギリス / ウクライナ

Color 118分
監督:アグニェシュカ・ホランド
脚本:アンドレア・ハウパ
撮影:トマシュ・ナウミュク
音楽:アントニー・ラザルキーヴィッツ
出演:ジェームズ・ノートンヴァネッサ・カービーピーター・サースガード、ジョゼフ・マウル、ケネス・クラナム

荒野の誓い

f:id:ginyu:20200925215707p:plain

 全体的に落ち着いた演出といい、ところどころで緊迫感を高めるメリハリの付け方といい、心に残るラストシーンといい、近年まれにみる優れた西部劇だ。スコット・クーパーは製作・監督・脚本を兼ねているから、相当に思い入れがあるのだろう。

 ただし、邦題が「荒野の誓い」というのはマカロニ・ウェスタンを彷彿とさせるものであり、「西部劇なら荒野」という短絡的な宣伝戦術には苦笑せざるをえない。

 冒頭、家族を「インディアン」に皆殺しされる若き主婦ロザリーの恐怖と塗炭の苦しみと怒りが見る者の胸を打つ。復讐心に燃えるロザリーをロザムンド・パイクが静かに熱演している。また、主人公のジョー・ブロッカー大尉を演じるクリスチャン・ベイルの渋い演技が見事で、彼がこんなに重々しくも難しい役を演じる俳優になってくれたことに感謝するしかない。もともと演技力は群を抜いていた彼だが、今回は退役間近のベテラン軍人で、しかも過去にネイティブ・アメリカンと血で血を洗う戦いを経験した心の傷を持つ男という難しい役を、佇まいだけで演じ切ってしまった。

 ネイティブ・アメリカンを虐殺することによって建国したアメリカ合衆国は手ひどい復讐を受ける。白人と先住民の戦いは憎悪と復讐の連鎖を産み、時代はついにフロンティアが消滅する1892年へとたどり着いた。もはや先住民は先祖伝来の土地に住み続ける権利を奪われ、遠く離れた場所で囚人として暮らすしかない。死期が近づき監獄から解放されたシャイアン族の族長とその家族を祖先の地へと送り届けることを命じられたブロッカー大尉は、宿敵との旅を通してどう変わるのか?

 雄大な風景にそぐわない、人間の醜い殺し合いの場面が続く。旅の一行全員が家族や仲間を殺された恨みと憎悪ではちきれている。だが旅を続けることによって少しずつ心を開いていく宿敵同士。旅の果てに見えるものはなんなのだろうか。

 100年以上前を舞台とする物語だが、いまだに続く異文化・異民族への排斥、憎悪といった負の連鎖を断ち切り贖うものの存在について深く考えさせられる。(レンタルDVD) 

HOSTILES

アメリカ、2017、135分

監督:スコット・クーパー
製作:スコット・クーパーほか
脚本:スコット・クーパー
撮影:マサノブ・タカヤナギ
音楽:マックス・リヒター
出演:クリスチャン・ベイルロザムンド・パイクウェス・ステューディジェシー・プレモンス、アダム・ビーチ、ティモシー・シャラメ、ポール・アンダーソン

僕は猟師になった

 2018年にNHKが放送して反響の大きかったドキュメンタリーに、その後1年近い取材を加えて映画用に再編集した作品。

 京都市街にほど近い山の中で猪や鹿を罠で捕獲してさばき、家族の食糧としている千松信也(せんまつ・しんや)さんを追った記録だ。千松さんは獣肉を販売しているわけではないから猟師は職業ではない。週に3日は京都市内でサラリーマンをしているのだ。

 カメラは千松さんと共に山に入り、彼が罠を仕掛けるところから、罠にかかって最期の抵抗を試みる猪がナイフによってとどめを刺されるまでを「肉」迫していく。

 猪が殴られ殺されていく場面はなかなかに衝撃的なのだが、その皮を剥いで腑分けしていく作業を千也さんのまだ幼い息子たちが手伝う場面になると、なにやら楽し気なホームムービーの雰囲気が漂い始める。

 「命を奪うことに慣れることはない」と語る千松さんは、自分の食糧は自分で調達したいという気持ちから猟師になった。その哲学を観客は淡々とした口ぶりから受け止める。

 この映画の魅力は千松さんの肩肘張らない生き方そのものにある。命の大切さを訴えるとか、エコロジー生活を徹底するといった原理主義者の堅苦しさがない。千松一家は田舎暮らしではなく、大都会京都の山暮らしだ。すぐ近くにコンビニだってある。

 豚骨ならぬ猪骨ラーメンの美味しそうなことと言ったら、他では絶対に味わえない逸品ぶりだ。3日間煮込んだ濃厚スープに庭から採取したネギや三つ葉を子どもたちが大胆に切り分け、丼に放り込んでおしまい。おっと、これでは寂しいから飼っている鶏が生んだ卵も入れておこう。こうして、身の回りにあるものだけで(麺はスーパーで買った)オリジナルラーメンが出来上がった。

 猪が殺され解体されていく様子は残酷だし、断末魔の悲鳴は悲哀に満ちているが、その肉がそがれて切り分けられるにしたがって、無性においしそうに見えてくるから不思議だ。私の脳内で「可哀そうな動物」から「美味しそうな肉」へと変換されたのだ。人間とはかくも勝手な生き物なのかと痛感する。

 千松さんの師匠である老猟師も登場して雀猟の腕前を見せてくれる。この老師のキャラが豪放でとても好ましい。

 命を奪って食べる。この映画を見れば、ただそれだけのことに感動する自分を見つけて観客は驚くだろう。 

 千松さんは京大卒というからてっきり農学部かと思ったら、実は文学部だったという。しかも現代史専攻だったというから、ずばりわたしの後輩にあたる。ユニークで魅力ある後輩がいて嬉しい。

 千松さんの新刊書『自分の力で肉を獲る 10歳から学ぶ狩猟の世界』の宣伝が本人のTwitterにアップされている。↓

 

2020

日本  Color  99分

監督:川原愛子

プロデューサー:京田光広、伊藤雄介

撮影:松宮拓

音楽:谷川賢作

語り:池松壮亮

出演:千松信也

 

海辺の映画館―キネマの玉手箱

f:id:ginyu:20200817110436p:plain

 大林宜彦監督の遺作。本作の公開予定日だった4月10日に監督は亡くなってしまい、コロナ禍のせいで公開も延びた。ようやく公開されたのでいそいそと見に行ったのだが、実は事前情報をほとんど仕入れていなかったため、予想と全然違う作品なので驚いた。ファンタジー、破天荒、やりたい放題、監督の見た夢そのまま、といった作風には黒澤明の「夢」にも似た手触りを感じた。

 あまりにも大林節が過ぎて、観客は100点付けるか0点かしかないだろう。わたしは巻頭まもなくからもう我慢できなくなって退席しようかと思ったくらいだが、爆睡していたのは途中までで、後半の太平洋戦争が始まるあたりからは突然目が覚めて、最後まで食い入るように画面を見ていた。

 そのあまりにもストレートな反戦映画ぶりは、映画でできるさまざまな手法を駆使して舞い上がっていく。どんな反戦映画なのかと思いきや、戊辰戦争から始まるのだ。ひえー、ここからかい、と思っていると幕末の新選組に戻ったり西南戦争西郷隆盛が自刃とか。でもこのあたりでわたしは寝てしまったからあとどうなったのかよくわからないが、目が覚めたら日中戦争が始まり太平洋戦争が始まっていて、中国戦線や沖縄戦での日本軍の残虐ぶりがこれでもかと戯画化されていく。

 ナレーションとして引用されるのが中原中也の詩だ。そして中也と言えば、当然のようにランボーの詩も引用される。

 感動したのは、桜隊が登場したとき。をを、広島で被爆して全滅した、あの桜隊が! と思うとなぜか懐かしい。だいぶ前に見た新藤兼人監督「さくら隊散る」を思い出すではないか。

 映画の舞台は大林監督の故郷尾道だ。今日で閉館する古い小さな映画館で、オールナイト・フィルム上映の戦争映画を見ている三人の若者が映画の中に入ってしまうというお話。これはもうウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」とかジュゼッペ・トルナトーレの「ニューシネマパラダイス」とか、古き良き映画へのオマージュに満ち満ちているではないか。おまけに巻頭は時代がいつかよくわからない未来の宇宙。これは「2001年宇宙の旅」への劣化オマージュか? 

 というわけで、一人の映画監督の映画愛が詰まりまくった作品。劇場用パンフレットが売り切れていた。よっぽど人気なのか刷り数が少ないのか?

 大林宜彦監督の戦争三部作を見ていなかったことに今更ながら気づいた。これから見ていくことにしよう。 

2019

日本  Color  179分

監督:大林宣彦

脚本:大林宣彦内藤忠司、小中和哉

音楽:山下康介

出演:厚木拓郎、細山田隆人細田善彦、吉田玲、成海璃子山崎紘菜常盤貴子小林稔侍、高橋幸宏白石加代子