吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

赤い闇 スターリンの冷たい大地で

 

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 8月に見た映画だが、相当に疲れていたのか、映画が始まる前の予告編で既に寝てしまっていたため、巻頭を見ていない(!)

 事前知識をほぼ容れずに見に行ったため、時代が戦前なのか戦後なのかもしばらくわからなかった。ようやく1930年代のことらしいとわかってからは俄然面白くなり、スターリンの五か年計画の実態がわかるウクライナの農村の疲弊ぶりには本当に心が冷えた。

 主人公はイギリスの若きジャーナリストのはずなのだが、見た目が老けているため、まったく二十代の記者に見えない。主人公はヒトラーにインタビューしたことで有名になったガレス・ジョーンズだ。彼は世界恐慌から続く世界的不況の中でソ連だけが繁栄している謎を解くため、モスクワにやってきた。そこでスターリンの「金脈」がウクライナにあると知ったガレスはソ連当局の監視の目をかいくぐって凍てつく雪のウクライナに降り立つ。ウェールズ出身のガレスの亡き母はかつてウクライナに住んでいた。母の思い出の家を見たいという気持ちにも突き動かされてロシア随一の穀倉地帯にやってきたはずのガレスの目の前には、行き倒れた人の遺体が雪に埋もれ、誰からも見向きもされていなかった。それも何体も何体も……

 モスクワでの政府高官の贅沢な食事が映し出され、アメリカ人ジャーナリストのモスクワでの退廃的な生活が描かれる前半とは打って変わって、食べるものが何もないウクライナの農村へとカメラが移動すると見ているほうも寒さで縮み上がるような風景が続く。ほとんど色のない画面からは飢えた子どもたちの御詠歌のような陰鬱な歌声が流れ、遺体を運んでいく馬車に無造作に積まれた遺体はやせ細った足がはみ出ている。恐ろしさにぞっとする光景だ。

 一軒のあばら家に入ったガレスは子どもたちだけが居るその家で、ようやくわずかな肉を分けてもらえた。「この肉はどこから手に入れた?」と尋ねるガレスに少女が答える。「コーリャ」と。「コーリャは兄弟か? 兄さんは猟師なのか?」とさらに尋ねるガレスに子どもたちは黙って大きな瞳を向けるだけ。この場面の恐ろしさには言葉を失う。

 ロシアを襲う飢餓の実態をガレスは命懸けで報道しようとする。イギリスに戻ったけれど、発表する媒体を失ったフリーランスの彼には何も手段がない。そんなとき、ウェールズアメリカの新聞王ハーストが避暑にやってきているという情報を偶然つかんだガレスは、イチかバチかでハーストの別荘に押し掛ける。果して彼の記事は日の目をみるのか?!

 この映画では若きガレス・ジョーンズと対照的な人物として、ピュリッツァー賞受賞ジャーナリストのウォルター・デュランティが登場する。彼はニューヨークタイムズのモスクワ支局長だがスターリンに買収されて、すっかりソ連の言いなりになっている。彼の腐敗ぶりがわかりやすく描かれている。

 何よりも興味を引いたのはジョージ・オーウェルの存在だ。彼がタイプライターに向かって『動物農場』を執筆している場面があるだが、その場面の意味は説明されないまま挿入されていて、やがて彼の名前を明らかにして登場させるという演出がすぐれている。

 モノクロに近い画面と、ドキュメンタリータッチで動くカメラ、人物のアップを多用する撮影、いずれも重厚な映画のテーマにふさわしい演出だ。

 映画を見ているあいだ、なぜか「炎のランナー」が脳内フラッシュバックしてきて不思議だった。そもそも「炎のランナー」じたいほとんど覚えていないというのに、二つの映画の雰囲気が似ているように思えてならなかった。共通項はイギリス映画で時代が戦前、といったことぐらいしかないのに。

2019
MR. JONES
ポーランド / イギリス / ウクライナ

Color 118分
監督:アグニェシュカ・ホランド
脚本:アンドレア・ハウパ
撮影:トマシュ・ナウミュク
音楽:アントニー・ラザルキーヴィッツ
出演:ジェームズ・ノートンヴァネッサ・カービーピーター・サースガード、ジョゼフ・マウル、ケネス・クラナム