吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

KCIA 南山の部長たち

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 非常に緊迫感に満ちた作品。結末は誰もが知っているのに、最後まで緊迫感が持続する面白い映画だった。

 主人公のKCIAキム部長、つまり暗殺犯を演じたイ・ビョンホンは終始ニコリともしない、常に苦虫を嚙み潰したような顔をしている。だけではなく、アクションも筋肉美も披露しない。なんだつまらん、とか思っていたら、意外な1ショットを見せてくれたのでびっくり。それはキム部長がこっそり料亭に忍び込むシーンで、ひょいっと見事に2階の窓に飛びついた場面。あまりにもさりげないから気づかない観客も多そうだが、普通、あんな体操選手みたいな忍者みたいなことはできませんから!

 巻頭間もなく大統領専属の理髪師の部屋が映る。まさに、映画「大統領の理髪師」を髣髴とさせるではないか! 憎い演出である。

 クーデターは、朴正煕大統領の腹心の部下である(はずの)KCIA(韓国中央情報部)部長キム・ギュピョンによって敢行された。なぜ腹心の部下が裏切ったのか? これって韓国版本能寺の変

 朴正煕政権は長期化するにしたがって部下を信用できなくなったようだ。KCIA部長という公職の人間ではなく秘密の側近を重視するようになる。映画の巻頭ではアメリカの下院議会聴聞会で証言する元KCIA部長の姿が映る。彼はアメリカに亡命して朴正煕大統領の不正を暴露したのだった。その姿に激怒した朴正煕大統領に命じられて元部長を暗殺すべく動くのが現部長のキム・ギュピョンである。それは朴正煕が暗殺されるわずか1か月ほど前のことだった。そこからはタイムスタンプを押していく実録ものとして映画は進行する。とはいえ、実録かどうか怪しいフィクションもかなり混ざっているものと思われる。

 史実としては、朴正煕大統領を暗殺したのはキム・ジェギュ部長であり、この作品では名前が変えられているので、かなりの脚色が入っていると思われる。この映画の解釈では、共にクーデーターで李承晩政権を倒した長年の同志がいつしか意見の対立を生み疑心暗鬼に陥るようになり、義憤にかられた一方がもう一方の最高権力者を殺した、ということになっている。そこに至る暗殺犯キム・ギュピョン部長の葛藤、恐怖をイ・ビョンホンが実に渋く演じている心理描写が白眉である。

 緊迫の政治劇のはずなのにそこはかとなくユーモアも漂う、韓国映画らしい作品。史実はこの後、全斗煥がクーデターを起こして政権を握り、光州蜂起が起きるという流れになるわけで、映画が終わってからもまだまだ韓国の苦しみが続くことに改めて胸が痛んだ。

2020
韓国 Color 114分
監督:ウ・ミンホ
原作:キム・チュンシク『実録KCIA 南山と呼ばれた男たち』(講談社刊)
脚本:ウ・ミンホ、イ・ジミン
撮影:コ・ラクソン
音楽:チョ・ヨンウク
出演:イ・ビョンホン、イ・ソンミン、クァク・ドウォン、イ・ヒジュン