2018年にNHKが放送して反響の大きかったドキュメンタリーに、その後1年近い取材を加えて映画用に再編集した作品。
京都市街にほど近い山の中で猪や鹿を罠で捕獲してさばき、家族の食糧としている千松信也(せんまつ・しんや)さんを追った記録だ。千松さんは獣肉を販売しているわけではないから猟師は職業ではない。週に3日は京都市内でサラリーマンをしているのだ。
カメラは千松さんと共に山に入り、彼が罠を仕掛けるところから、罠にかかって最期の抵抗を試みる猪がナイフによってとどめを刺されるまでを「肉」迫していく。
猪が殴られ殺されていく場面はなかなかに衝撃的なのだが、その皮を剥いで腑分けしていく作業を千也さんのまだ幼い息子たちが手伝う場面になると、なにやら楽し気なホームムービーの雰囲気が漂い始める。
「命を奪うことに慣れることはない」と語る千松さんは、自分の食糧は自分で調達したいという気持ちから猟師になった。その哲学を観客は淡々とした口ぶりから受け止める。
この映画の魅力は千松さんの肩肘張らない生き方そのものにある。命の大切さを訴えるとか、エコロジー生活を徹底するといった原理主義者の堅苦しさがない。千松一家は田舎暮らしではなく、大都会京都の山暮らしだ。すぐ近くにコンビニだってある。
豚骨ならぬ猪骨ラーメンの美味しそうなことと言ったら、他では絶対に味わえない逸品ぶりだ。3日間煮込んだ濃厚スープに庭から採取したネギや三つ葉を子どもたちが大胆に切り分け、丼に放り込んでおしまい。おっと、これでは寂しいから飼っている鶏が生んだ卵も入れておこう。こうして、身の回りにあるものだけで(麺はスーパーで買った)オリジナルラーメンが出来上がった。
猪が殺され解体されていく様子は残酷だし、断末魔の悲鳴は悲哀に満ちているが、その肉がそがれて切り分けられるにしたがって、無性においしそうに見えてくるから不思議だ。私の脳内で「可哀そうな動物」から「美味しそうな肉」へと変換されたのだ。人間とはかくも勝手な生き物なのかと痛感する。
千松さんの師匠である老猟師も登場して雀猟の腕前を見せてくれる。この老師のキャラが豪放でとても好ましい。
命を奪って食べる。この映画を見れば、ただそれだけのことに感動する自分を見つけて観客は驚くだろう。
千松さんは京大卒というからてっきり農学部かと思ったら、実は文学部だったという。しかも現代史専攻だったというから、ずばりわたしの後輩にあたる。ユニークで魅力ある後輩がいて嬉しい。
千松さんの新刊書『自分の力で肉を獲る 10歳から学ぶ狩猟の世界』の宣伝が本人のTwitterにアップされている。↓
子ども向けの狩猟(わな猟)の本を出すことになりました。
— 千松信也 (@ssenmatsu) 2019年12月12日
もちろん猟は18歳以上からしかできませんが、猟について学ぶことは何歳からでもOKです。
手に負えない野生児への誕生日プレゼントなどに使って下さい(笑)
自分の力で肉を獲る 10歳から学ぶ狩猟の世界 千松信也 https://t.co/3kcIggDEL4 pic.twitter.com/00whGxsTGz
2020
日本 Color 99分
監督:川原愛子
プロデューサー:京田光広、伊藤雄介
撮影:松宮拓
音楽:谷川賢作
語り:池松壮亮
出演:千松信也