吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

否定と肯定

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 「ホロコーストはなかった」と主張するネオナチのイギリス人からある日突然告訴されたユダヤ系アメリカ人歴史研究者の手記を元にした映画。レイチェル・ワイズがアメリカの歴史学者で原作者のボラ・E・リップシュタットを演じる。ユダヤ人らしい赤い縮れ毛が印象的だ。脚本は「愛を読むひと」のデヴィッド・ヘアが書いている。
 「ホロコーストはなかった」などという主張は「広島・長崎への原爆投下はなかった」というぐらいに荒唐無稽な主張であるにも関わらず、ひとたびそのように主張する輩が登場すると、なぜかまともな歴史学者がそれに論駁しないといけなくなる。まったく時間の無駄だ。しかしそのようなことが実際に起きた。1996年、リップシュタットはイギリス人歴史家のデイヴィッド・アーヴィングから名誉棄損の訴えを起こされる。曰く、「リップシュタットの著書において自身が非難された」と。イギリスの裁判制度では、訴えられたほうが証拠を出さないといけないことになっているので、リップシュタットがホロコースト実在の証明をしなくてはいけない、ということになる。アメリカから何度もイギリスに渡らなければならないというだけでも大変な時間と費用がかかるであろうに、そのうえ被告側が大弁護団を組んだこの裁判では、ずいぶんな費用がかかったであろうことが推測される。しかし、映画ではいったいどれほどの裁判費用がかかったのかは明らかにされない。

 それはともかく、ホロコーストの生存者の証言はおろか、被告の証言もさせないという法廷戦術のせいで、映画はずいぶん地味なものになってしまった。実話がベースだからしょうがないとはいえ、これでは法廷劇としてのドラマ性に欠ける。

 しかし、そのような一見地味で面白くなさそうな話が、今の日本ではとても大きな意味を持つ。南京大虐殺がなかったとか従軍慰安婦はいなかったという連中に見せてやりたいものだ。

 ドラマが地味な分、裁判のためにアウシュヴィッツに足を運ぶ被告弁護団の調査が大きな意味を持つ。かの地に実際に立ってみれば、峻厳な事実の前に追悼の思いが深くなる。いまも残る絶滅収容所の建物跡は、ここで多くのユダヤ人が殺されたことを彷彿とさせ、見る者を重い気持ちにさせる。一度は行ってみたいと思う、アウシュヴィッツ。今は映画で見るだけであるが、それでも冬の碧空の下に広がる荒れ野の風景は目に焼き付いて離れない。

 本作の見所は役者の熱演・好演ぶりである。特に弁護団長ともいうべきベテラン弁護士を演じたトム・ウィルキンソンの魅力は特筆に値する。弁護士のキャラクターがそのように設定されているからなのだが、原告のリップシュタットとの軋轢もさらりとかわす熟年の貫禄がある。
 今この映画を日本の多くの人に見てほしいと思う。人種差別者の凝り固まった見解がどのように被害者を傷つけるのか、そしてたとえ間違った主張でも大きな声でわめけば「真実だ」と勘違いする人々が現れる怖さを知ってほしい。
DENIAL

110分、イギリス/アメリカ、2016

監督:ミック・ジャクソン、原作:デボラ・E・リップシュタット、脚本:デヴィッド・ヘア、音楽:ハワード・ショア

出演:レイチェル・ワイズトム・ウィルキンソンティモシー・スポールアンドリュー・スコット、ジャック・ロウデン