吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

マーシャル 法廷を変えた男

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 主役のチャドウイック・ボーズマンが去年の8月に42歳で亡くなった。本作は、癌治療の合間を縫って撮影されたらしい。そう思うと感慨深くも悲しい。

 「アフリカ系アメリカ人として史上初めてアメリカ合衆国最高裁判所の判事に任命された弁護士サーグッド・マーシャルを題材にした伝記映画」という触れ込みだが、彼が最高裁判事になる過程はまったく描かれない。映画では彼が若き日にかかわった冤罪事件の法廷劇を描く。

 1941年、コネティカット州で起きた上流階級夫人への強姦と殺人未遂の犯人として、使用人が逮捕された。犯行を否認する被告を弁護するため、全米黒人地位向上協会の弁護士マーシャルが乗り込んでくる。マーシャルは白人だらけの法廷では発言を禁止されてしまい、やむなく民事専門の白人弁護士を雇って彼を前面に立てて弁護活動を開始する。冤罪を確信するマーシャルであったが、被告が嘘をついていたことに気づく。マーシャルの法廷戦術はいかに?

 という、アメリカ人が大好きな法廷劇である。ユーモラスなのはマーシャルの性格がけっこう悪くて、上から目線の自信過剰な偉そうな態度が目に付くところ。彼に無理強いされて法廷で弁護に立たされる白人弁護士フリードマンが気弱な男で、冷や汗をかきながら弁じる様子が観客をハラハラさせる。この二人のバディ映画という趣がなかなか小気味よい。フリードマンポーランド出身のユダヤ人というのも当時の世界情勢を反映している。

 当初はマーシャルに反抗し、弁護を嫌がっていたフリードマンも次第にマーシャルの優秀さに惹きこまれていき、自身へのユダヤ人差別に対する怒りもバネとなって堂々とした弁護へと上達していくさまが小気味よい。

 しかし、強姦冤罪を晴らすために弁護側が追及する言葉の数々が、実は現在でも強姦被害者に投げつけられる言葉と同じなのが気になる。

「なぜ声をあげなかったのですか?!」「なぜ逃げなかったのですか? 逃げるチャンスはいくらでもあったでしょう?!」

 こういった警察や法廷での言葉によるセカンドレイプに被害者はさらされている。それと同じ言葉で黒人の冤罪を晴らそうとしていることにわたしは胸が痛んだ。思えば、この事件の「上流夫人」もまた被害者の一人ではなかったか?

 そのような、さまざまなことに思いをめぐらせながら見終わって、それほどすっきりさわやかな後味を残さないところも本作の見どころなのかもしれない。

 アンドラ・デイが歌った主題歌がアカデミー賞の候補になった。ハスキーなとてもいい声をしている。(レンタルDVD) 

2017
MARSHALL
アメリカ 118分
監督:レジナルド・ハドリン
製作:レジナルド・ハドリン、ポーラ・ワグナー
脚本:ジェイコブ・コスコフ、マイケル・コスコフ
撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル
音楽:マーカス・ミラー
出演:チャドウィック・ボーズマンジョシュ・ギャッドケイト・ハドソンスターリング・K・ブラウン、ダン・スティーヴンスジェームズ・クロムウェル