吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

無名

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 これはまるで中国版「裏切りのサーカス」。イギリス映画の「裏切りのサーカス」はかなり硬派だったが、中国版だと恋愛要素がからまってくるので華やかさが増す。なのに全体のトーンはいかにもノアール。この陰影の深い映像がたまらなく美しい。

 本作は時間軸をいじっているので話が複雑に見えるのだが、実は騙し騙されの糸を解いていくと割と単純なお話になっている。というようなことは結末迄見たからわかるのであって、初見ではその複雑さに翻弄されつつ翻弄されていることを楽しめる作品だった。

 時代は1937年の”上海事変”以降の上海。中国国民党中国共産党日本陸軍、の諜報員が入り乱れるスパイ天国。上海租界をCGで再現している様子も美しく、大変見ごたえのある映画だ。なによりも女優が美しく主役二人の男優がかっこよいので、画面をうっとり眺めていられるという映画的眼福の時間を過ごせる。

 トニー・レオンは還暦だけれど、世のおばさまたちをノックアウトできるだけの色気は十分。対して、若きワン・イーボーの怜悧な美しさにはゾクゾクさせられる。その憂いを発散するナイフのような眼差しに殺されたいと思う女性たちの屍が積みあがるのではないかと思うほどだ。とりわけ彼が静かに涙を流すシーンなどはもう、その涙に投げ銭しますわ、わたくし!と叫びたいほど。彼らの恋人として登場する女性たちも不必要に整いすぎて品がありすぎて、とても共産党ハウスキーパーには見えません。

 というような映画なので、スパイの暗躍とか騙しあいとか、激しいアクション激闘シーンとか、見せ場は数々あれども結局そんなことはどうでもよくて、美しさを堪能する映画であることに気づいて、見終わった瞬間に「ほおぉぉ~」とため息をつくような、そんな作品。

 あ、そうそう、トニー・レオン共産党のスパイであることはわりと早くにネタバレされているのだが、そのシーンはわずか数秒だからしっかり見ておくこと。なかなか憎い演出である。

 当然にも当時の東アジアの政治状況など現代史については最低限の知識は必要なので、やっぱり映画を楽しむためにはお勉強もしなくちゃね。(レンタルDVD)

2023
中国  Color  131分
監督:チェン・アー
脚本:チェン・アー
撮影:ツァイ・タオ、リャオ・ニー
出演:トニー・レオン、ワン・イーボー、ホアン・レイ、森博之、ジャン・シューイン、ジョウ・シュン