吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

チョコレートな人々

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 愛知県豊橋市が発祥の地である「久遠(くおん)チョコレート」は全国展開して50以上の拠点を持ち、障害者雇用の成功例として知られている。しかし最初からうまく行ったわけではない。代表の夏目浩次(45歳)は、地域最低賃金を上回る賃金を障害者に保証することを目的に2003年にパン屋を立ち上げたが、たちまち一千万円の借金を抱えることになる。

 今では久遠チョコレートは障害のあるなしにかかわらず、心のしんどさを抱える多様な人々が生き生きと働く職場であり、こだわりの無添加高級チョコを生み出す年商16億の店へと成長した。「大事なことはもがくこと。うまくいかなくたっていいんだ」と夏目は明解に述べている。こんなカッコいい社長はなかなかいないよ。

 17年前の夏目が画面に映ると、そこには少年の面影を残した若者が自ら起業したパン屋で障害者とともに懸命に働く様子が見える。そうか、17年にわたって東海テレビは夏目を追いかけていたのだ。利益の薄いパンに見切りをつけて、チョコレート製造に切り替えてからは久遠チョコはあっというまに大きくなった。チョコレートは失敗したら溶かして作り直せばいい。人生と同じじゃないか。

 画面いっぱいに次々と映しだされる美味しそうでカラフルなチョコレート。2013年にトップショコラティエ(チョコレート職人)に出会って、チョコづくりを指導してもらい、心身に障害のある人々にも作業できるように工程を細かく分けることによって久遠チョコは出発する。障害者の作業所では1日働いても800円しか賃金をもらえないことがあるのに、久遠では地域最低賃金を保証することを目標にしている。始まりは障害者のためだったが、今では家庭をもつ女性やLGBTの人など、誰もが働きやすい職場になっている。

 夏目はなぜ障害者雇用にこだわるのか? その理由を語る彼の目に涙が滲む。彼自身も臍(ほぞ)を噛むような思いを抱えて生きてきたのだ。そして、久遠チョコは順風満帆だったわけではない。ハラハラドキドキの失敗物語もリアルに映し出される

「全ての人々がかっこよく輝ける社会」を作るという理想に向かってもがく夏目がいる限り、久遠チョコはまだまだ伸びるだろう。しかし、彼がいなくなったらどうなるのか。後継者は育っているのか。傑出した経営者に続く二代目は苦しい。17年後の夏目と久遠チョコを見てみたいものだ。他人事のような態度を批判する夏目の厳しさにもハッとさせられる。久遠チョコの未来のために何かをしたいという気持ちにさせられるドキュメンタリーだ。

2022
日本  Color  102分
監督:鈴木祐司
プロデューサー:阿武野勝彦
撮影:中根芳樹
音楽:本多俊之
ナレーション:宮本信子