吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ファミリア

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 巨大自動車産業の町、愛知県豊田市にある保見団地には約8000人が住み、その半数が外国人でさらにその大半がブラジル出身者である。映画は巻頭、保見団地の建物を真上からドローン撮影し、外壁を舐めるようにカメラが滑り降りていくと、そこには仕事を終えたブラジル人たちがマイクロバスに乗って団地に戻ってくる様子が映し出される。この巧みなシーンが印象深い。本作ではこのような移動カメラによる長回し撮影がたびたび使われる。

 主人公は豊田市近郊の里山で焼き物を作る孤高の職人・神谷誠治(役所広司、相変わらず名人芸)。彼の自慢の一人息子・学が駐在していたアルジェリアから新妻を連れて一時帰国してきた。新妻ナディアは元難民であり、戦火に巻き込まれて両親を失っていた。学も早くに母親を亡くして父子家庭で育っている。そんな二人は共鳴するところがあったのだろうか、学とナディアが互いを尊重し深く愛し合う様子が微笑ましく描かれる。

 そんな彼らのところに、日系ブラジル人の若者が半グレ集団に追われて偶然逃げ込んできた。半グレのリーダーである男は地元の有力実業家の息子で、ブラジル人を心底憎んでいる。ここから物語は一気に動き出し、ブラジル人たちのコミュニティの陽気さと、日本人からの差別と憎悪を浴びせられる苦しさとが表裏一体のこととして描かれる。

 神谷誠治一家に降りかかる悲劇と在日ブラジル人たちの悲劇が並行して描かれ、実際に起きた事件をいくつも練り込んであるので、本作はフィクションといいながら、一つずつの事件の記憶が観客の瞼に蘇る。まさに今ここにある問題を扱った作品と言える。だがそれが一方では、事件の詰め込み過ぎというきらいがないわけではない。偶発的な事件の積み重ねは、ラストシーンへとなだれ込む感動の頂点への布石なのだろう。

 家族とは何だろう。それは血縁にこだわらず、国籍も言葉も文化も異なる人々が互いを慈しみ育みあう共同体、だとすればその集団にあえて「家族」と名付ける必要はなかろう。それでも本作は、「共感」をつながりの糸にして生きていく人々が、家族になることを求めて地を這い、血を流していく過程をじっくり描き、わたしたちに家族=ファミリアの一つの形を見せてくれる。

 生まれながらに家族を喪っていた主人公が、さらに大きな悲劇を体験し、それでもなお前を向いて生きていく姿に、観客は何を感じるだろう。家族がそろうお正月に、家族が共に暮らしふつうの生活を送っていることじたいが奇跡のように幸せなことではないかと思わせる、ずっしりと手ごたえのある本作をぜひ味わってほしい。外国人労働者、差別、ヘイト、家族の紐帯、様々に託されたメッセージを噛みしめながら。

ファミリア
2022
日本  Color  121分
監督:成島出
製作:野儀健太郎
脚本:いながききよたか
撮影:藤澤順一
音楽:安川午朗
出演:役所広、吉沢亮、サガエ・ルカス、ワケド・ファジレ、室井滋、アリまらい果、松重豊、MIYAVI、佐藤浩市