着物と洋服を融合させたデザインという理解ではあまりにも浅薄すぎる、「matohu」(まとう)というブランドを2005年に立ち上げた二人のデザイナーを映すドキュメンタリー。
巻頭、静かなピアノの音色と共に展覧会の様子が映る。20年に東京で開催されたこの展示会「日本の眼」は、ブランドの商品紹介という趣とは異なる、美術館の展示のようなもの。実際、matohuの服は何度か美術館で展示されてきた。
デザイナーは堀畑裕之と関口真希子。大学院でカント哲学を研究していた堀畑と、法律を修めて性同一性障害について論文を書いた関口は、卒業後に文化服飾学院で出会う。大学で学んだこととはまったく異なり、手を動かして物を具体的に生み出す仕事を選んだ二人は、やがて自分たちのブランドを立ち上げる。
この二人は言葉を尽くして自分たちの志向を表し、それを生地として物質化し、さらに服として立体化させる。この過程がスリリングで、手順が実に緻密なことに驚かされる。そして、彼らが着ている服のカッティングや重ね具合の魅力に目が釘付けになる。日常着としてあんな素敵な服を着ていられたらさぞや楽しかろう、と思わせるものがあるのだ。
当たり前の日常の中に美を見つける、それが日本の美だと堀畑は言う。苔、地面のひび割れ、白磁の染み、壁の凹凸、「あらゆるものが話しかけてくる」。そういった何気ない光景が彼らの作品へと昇華していく。
二人で作るブランドだから、「互いにダメ出しをする。言葉を大事にしているブランド。この仕事は二人だからできる。作家やアーティストのような一人で完結する仕事ではなく、多くの過程で人との協同が必要」と関口は言う。
ブランドコンセプトはともすれば、「保守的」「日本主義」という批判を生みやすい。だが彼らの本意はそうではなく、大量生産・大量消費の現状に対峙しているのだろう。長く着られるように一点ずつを大切に作る。当然にも作品を生み出すまでには膨大な時間と手間がかかっている。
「抽象的なテーマを設定してファッションショーを開くことはやめた。これからは、自分達の服がどのような歴史の中で生まれて誰が作ってきたのかを伝えたい」「サスティナブルな服作りをしたい」と二人は言う。
ブランドを支えるテキスタイルを生み出す職人たちの作業も興味深く、この映画じたいがアート作品であると同時に、働く人々にフォーカスを当てた労働映画でもあることに気づく。
清々しい森の中の散歩のような味わいのある映画。デザインは哲学だと納得できる。(機関誌編集者クラブ「編集サービス」2023年4月号に掲載)
2022
日本 Color 96分
監督:三宅流
プロデューサー:藤田功一
撮影:加藤孝信
音楽:渋谷牧人