吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

靴ひも

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 イスラエルエルサレムを舞台とする、老いた父と発達障害のある息子とのユーモラスで切ない物語。

 主人公ガディは38歳にして母親に急死された。母の葬儀でたどたどしく追悼の祈りを読み、泣き崩れるガディの姿が冒頭で印象的に描かれる。そして、30年前に自分と母を捨てた父と共に暮らすことになるのだが、皿に載せた食べ物の位置や食事の時間や様々なことに独特のこだわりがあるガディと父は何かと衝突する。

 自動車整備工場を経営する父は腎臓を病み、やがて人工透析が必要となる。そのころにはガディと父はようやく互いの存在に折り合いがついてきたところだったのだが、父は「腎臓移植しないと先は長くない」と医者に宣告されてしまう。父の病状を知ったガディは自分の腎臓を提供したいと切望する。しかし、知的障害のあるガディは腎臓移植の危険を認識できないからと、臓器移植委員会から拒否される。嘆き悲しむガディと父に突破口は開かれるのだろうか。

 本作はイスラエルでの実話に基づいているという。また、ゴールドヴァッサー監督の息子にも障害があり、本作でのガディの様々なしぐさや言葉遣いのディテールに実体験が生かされている。

 ガディは歌が大好きで、自分では歌手だと名乗っている。誰とでも仲良くなってしまう明るいガディは近所の食堂でも人気者だ。そのウェイトレスに恋したガディは彼女と結婚したいと父に告げるが、彼女が黒人だからと反対される。

 この映画は、人種差別やアラブ人蔑視といった社会問題にもさりげなく触れている。あまりにもさりげないから、それはもう日常的に深く根付いてしまったものなのだろう。善人ばかりが登場するように見えて、実はそんな人々の身勝手さや差別意識もあぶりだす。

 ガディの父を思う気持ちの強さに思わず涙するような場面や、希望に心が洗われるような場面もある。その意味では、タイトルの靴ひもは重要なアイテムだ。ガディは3回靴ひもを結ぶ。一度目は結べなかった。二度目もまた。三度目に靴ひもに指をかけた時に、その成長が現れている。

 一方で、障害者の自立や生きる意味について、腑に落ちない思いが湧いてくる。一つは、施設で暮らすことの是非。もう一つは臓器を提供しようとする自己犠牲が、〝誰の役にも立てない障害者が唯一できること〟だとしたら、人としての尊厳はどこにあるのかという疑問だ。

 見終わった後、様々な感情が渦巻き、誰かと語り合いたくなる映画。 

2018
LACES
イスラエル Color 103分
監督:ヤコブ・ゴールドヴァッサー
脚本:ハイム・マリン
撮影:ボアズ・イョーナタン・ヤーコヴ
音楽:ダニエル・サロモン
出演:ネヴォ・キムヒ、ドヴ・グリックマン、エヴェリン・ハゴエル、エリ・エルトーニョ、ヤフィット・アスリン