吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

シカゴ7裁判

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 これは見ごたえある作品。脚本と編集がじつに巧みだ。冒頭、ベトナム戦争が泥沼になる時代の雰囲気を当時のアーカイブ映像で一気に見せる。1968年4月4日にはキング牧師が暗殺され、続いて6月にはロバート・ケネディが。そんな不穏な状況下に、8月には民主党の全国大会がシカゴで開かれることになった。この映画は、そのシカゴの大規模反戦集会とデモが警官との衝突へとなだれ込んだ末に、その暴動の首謀者として7人が冤罪で裁判にかけられた史実を描く。

 「シカゴ・セブン」とマスコミに呼ばれた7人の被告たちがそれぞれどのような意図を以てシカゴに集まってきたのか、その背景を手短かに語る冒頭のさばき方が秀逸。さらに、民主党大会の場面を見せずに、一気に5か月後の裁判の場面へと飛ぶ、ここも巧みだ。民主党政権から共和党ニクソン政権へと交代した1969年1月にシカゴ・セブンの公判が始まる。なんで今頃? という疑問を挟む余裕もなく、物語はサクサク進む。公判での証言と過去の場面とがシームレスにつながって展開していく編集と演出が見事で、とても楽しい。真面目な社会派作品だがユーモアたっぷりで、まったく飽きずにぐいぐいと惹きこまれていく。

 そもそもこの裁判は共和党の司法長官が民主党への意趣返しとして、「暴動の犯人」を刑務所に叩き込もうと画策したことから始まったのだ。その7人には穏健派からヒッピーからアナーキストからブラックパンサーまで、いろいろな主義主張、考え方の人々がいた。とても被告たちが一つにまとまるとは思えない波乱の幕開け。

 映画では老判事がとことん悪人として描かれている。ものすごくわかりやすい脚本だ。検察側も、権力の犬のような検事と、良心の呵責と上昇志向の間で苦悩している(と思われる)青年検事との考え方が微妙に食い違いを見せるのが興味深い。

 「ここはわたしの法廷だ」と何度も豪語する判事は権威主義の権化であり、始めから被告たちを有罪と決めてかかっている。演じたフランク・ランジェラがベテランの味を出し切って名演技を見せている。アラン・ソーキンがアカデミー賞脚本賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞では見事脚本賞を獲ったのも当然といえる、畳みかけるように役者たちに台詞を喋らせる構成がスリリングで、ワクワクさせられる。

 ところでシカゴ7裁判の被告は7人ではなく8人だった。では8人目は誰か? それは、8人の中でたった一人の黒人、ブラック・パンサー党のボビー・シールである。彼は完全に冤罪であるにもかかわらず、弁護人もつけずに出廷させられた。あげくにひどい差別的扱いを受けるわけだが、その場面も実に迫力があり、法廷の正義ってなんなのかと疑問と怒りがわく。

 ベトナムで毎日若者が死んでいた時代の、反戦への願いとそれを踏みにじろうとする国家主義者たちとの相克を、ぜひ今の時代の若者にも見てほしい。ネットフリックスだけの配信はもったいなすぎる。(Netflix

2020
THE TRIAL OF THE CHICAGO 7
アメリカ  Color  129分
監督:アーロン・ソーキン
製作:マーク・プラットほか
脚本:アーロン・ソーキン
撮影:フェドン・パパマイケル
音楽:ダニエル・ペンバートン
出演:サシャ・バロン・コーエンエディ・レッドメイン、ヤーヤ・アブドゥル=マティーン二世、ジェレミー・ストロング、マーク・ライランスジョセフ・ゴードン=レヴィットマイケル・キートンフランク・ランジェラ