紅白歌合戦などは見向きもせず、ぬくぬくとした自宅の居間に寝そべりながら見たのはこの北の極地の物語。わたしが役者だったら絶対にあんな映画には出たくない!という寒くてたまらない過酷な撮影だったに違いない。
映画はいきなり小型飛行機が雪原に埋もれている場面から始まる。マッツ・ミケルセンが一人で黙々と雪の地面を掘るような作業していて、氷の中に糸を垂らして魚を釣ったりしている様子が映るのだが、なにせ台詞も説明もないから何をしているのかわからない。が、たちまちカメラが鳥瞰の位置につくと、彼がしていた作業が「SOS」の文字を白い地面に描くことであったのがわかる。この衝撃的な場面、彼の状況を説明するのにこれ以上のショットはあり得ない。
彼はどうやら遭難したようで、毎日救助を待っているのだが、なかなか来ない。で、やっとヘリコプターがやってきたと思ったらあっという間に墜落。で、乗組員のうち女性だけが助かるが、彼女は重傷で動けない。自分一人のサバイバルならなんとかなるかもしれないのに、とんだお荷物を背負い込んでしまったマッツだが、懸命にその若い女性を助けようとする。で、じっとしたらいいのにとわたしは思うのだが、じっとしないのだな、これが。ソリに女性を載せて引きずりながら徒歩で北極観測基地まで脱出行を試みる。いやー、それは無理っしょ。
という、究極のサバイバル。食料は? 水は? 熱源は? 白熊さんもいますよ。第一、女性は重傷で意識があるのかどうかも怪しい。あんな調子では1日10キロ行くのが限界だろう。しかしマッツは諦めない。地図を頼りにひたすら歩き出す。
この後、もちろんいろんな絶望的なシーンが繰り返され、白い雪原を行く二人には刻一刻と死が近づいてくる。ここまで努力して報われずに死ぬのなら、最初から遭難飛行機の中にじっとしてたほうがましではないのか?
この映画はほとんど台詞がなく、マッツの職業も過去も遭難のいきさつも何も説明がない、ただ目の前にある状況だけが映し出されていく。観客は「現在」の彼の状況に没入し、彼と一緒にサバイバルを体験する。もう無理だ!諦めよう! わたしは何度も心でそう叫びながら、温かい部屋にいることも忘れそうなぐらいにイライラと疲れてくる。
こんなとんでもない映画、これが実話だったらたまらないのだけれど、フィクションである。フィクションだからか、細部の描写に疑問が残る。寝たきり女性の排泄はどうしたのか? なんでほとんど食べていないのに生きていられるのか? しかし映画はそんなことにはお構いなく、ひたすら過酷なサバイバルに挑む男の姿を抉り出していく。
じっとしていれば助かったかもしれない、救助が来たかもしれない。そんな希望にすがるよりも、一か八かの脱出を試みる、一歩でも今の状況から抜けることを考える、それが人間の性(さが)なのだろうか。マッツ・ミケルセンの渾身の演技に背筋も凍る。女がただ助けられるだけの存在という潔い設定も「政治的正しさ」を無視してわが道をゆく作品である。(Amazonプライムビデオ)
2018
ARCTIC
アイスランド Color 97分
監督:ジョー・ペナ
製作:クリストファー・ルモールほか
脚本:ジョー・ペナ、ライアン・モリソン
撮影:トーマス・ウルン・トーマソン
音楽:ジョセフ・トラパニーズ
出演:マッツ・ミケルセン、マリア・テルマ