吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

パーフェクト・ノーマル・ファミリー

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 ある日突然、両親が離婚するという。その理由が「パパが女性になりたいから」だと聞けば二度びっくり。というよりも驚天動地の、世界が裏返るような出来事に違いない。とりわけ思春期に差し掛かる難しい年ごろの少女にとっては言葉にできない思いがあるだろう。この映画は、大好きな父親が女性になってしまったという衝撃を受け止められずに苦悩する少女の物語。監督自身の実体験を元に作られている。

 デンマークの郊外で暮らす典型的な中産階級と思われる一家は、毎日幸せに過ごしていた。11歳のエマはサッカーに夢中で、そんな彼女に手ほどきしたのも大好きなパパだった。しかしある日、一家団欒の食事が始まるや両親の離婚を告げられ、その場で凍り付いた娘たちはそれなりの葛藤を経て平常心を取り戻そうとする。14歳の姉カロリーネはすぐに父の女性化を受け止めたようだが、エマにはそれができない。

 ホルモン注射を受けてどんどん外見が変わっていく父にも違和感を覚えるエマ。サッカーを通じて共感し愛情を深めていたはずの親子なのに、そのサッカーももはや二人の絆をつなぎとめることができない。学校の友人たちには陰口をたたかれ、恥ずかしい思いを抱えている大人しいエマと、父のトランスに理解を示す美しく大人びた姉カロリーネとが対比されて描かれている。

 エマを演じた子役のカヤ・トフト・ローホルトが繊細な演技を見せて見事だ。その不安や恥じらいや悲しみを、まさに目の前にいる一人の儚げな少女の存在を実感させるリアリティを以て観客に差し出している。

 日本の場合、両親が離婚すれば子どもは母親に引き取られるケースが圧倒的に多いが、この映画では娘たちをトランスジェンダーの父が引き取っている。彼らは元々裕福な中産階級であっただろう。知的レベルも高い一家であることがうかがわれるし、離婚してひとり親になっても生活レベルが下がったようには見えない。父がタイで性別適合手術を受けるだけの経済的余裕もある。とりあえず経済的な不安はなさそうな一家の中で、「これからはアウネーテと呼んで」という父親への反発を募らせるエマは、怒りを爆発させこじらせていく。

 観客はすっかりエマの視線に同調し、ハラハラするだろう。アイデンティティの変化や愛情の複雑な表出、そういったこの時期の少女に特有の精神的不安定さに輪をかける出来事に直面しているエマに、思わずエールを送りたくなる。

 日本よりはるかに多様性を尊重するデンマークでも、ほんの20年ほど前はこの映画に描かれたような偏見が満ちていたのであろう。タイトルの「パーフェクト・ノーマル」には皮肉が込められていると同時に、どんな家族でも愛と信頼さえあれば、それでパーフェクト、という理想も練りこまれているのではないか。「パーフェクト」な家族なんてないんだ、「パーフェクト」でなくたって構わない。見終わった後、「パーフェクト・ノーマル」の意味を様々に考えさせられる。(機関紙編集者クラブ「編集サービス」に掲載した拙稿を元に追記)

2020
EN HELT ALMINDELIG FAMILIE
デンマーク  Color  97分
監督:マルー・ライマン
脚本:マルー・ライマン
出演:カヤ・トフト・ローホルト、ミケル・ボー・フォルスゴー、リーモア・ランテ、ニール・ランホルト