吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

永い言い訳

 本日から連休が終わるまでの間に、今年見た映画の感想を書いていく。さて何本書けるでしょうか~。10連休と言いながら実は当エル・ライブラリーは3回開館し、それ以外にも職員は2日出勤するので、実質飛び石5連休。それでも十分な休養になるので、その間に映画を観たり映画評を書いたり美術展に行ったり親孝行したりボランティアしたり大掃除したりと忙しく過ごす。

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 さて、映画。
 演出に是枝の匂いがすると思ったら、やはり是枝裕和監督が企画協力しているというクレジットが流れていた。
 主人公が髪を切ってもらっている巻頭シーンからして「うまい!」と思わせるものがある。美容院の一室の風景だと思わせて、実は自宅で妻に髪を切ってもらっている、という場面。ここで主人公の人気作家津村啓はぶつぶつと文句を言っている。彼はずっと不機嫌で、髪を切ってくれた妻がそのあと急いでスキー旅行に出かけるのを送り出した直後に、若い愛人を家に招き入れる。だがその時、妻は一緒に旅行に出かけた親友と一緒にバス事故に遭って亡くなっていた。
 という物語。作家の津村は妻が亡くなっても泣くこともできず、一方、一緒に亡くなった妻の親友の夫・陽一は泣いてばかりいる。バス会社が開いた遺族への説明会で陽一と知り合った津村啓は、父子家庭になってしまった陽一の幼い子どもたちの面倒を引き受けることとなる。 
 こうして、愛が冷めてしまった夫婦が、一方の喪失の中から失った愛を求めてもがく姿が描かれていく。どんなに後悔してももう妻はいない。妻は彼になにも言い残さず突然逝ってしまった。彼は妻の本心を知らなかった。妻とは20年も共に暮らしてきたのに、本当に彼女と向き合ったことなどなかったのだ。そのことに気づいても遅い。 
 子どものいない津村啓は陽一の子どもたちの面倒を見ることにより、子どもたちからペンネームではなく本名の「幸夫」で呼ばれる――「さちおくん」と。子育て経験のない幸夫が子どもたちと一緒に夕食を摂り、勉強を見てやり、あれこれと世話をする。しかしそんな蜜月時代がそう長くは続かないことを観客もうすうす感じている。偽りの自己像を演じるさちおくんこと津村啓は、「他者」が闖入することによって自分たちの小さな世界が崩壊することを敏感に感じ取る。幸夫が陽一の子どもたちの世話をするようになって1年近くが経ったとき、些細なことから彼らの世界が崩壊するきっかけが生まれる……
  
 西川美和の脚本は実にうまい。原作小説を書き、脚本を書き、演出も自分がするということは、この映画作品すべてが”西川美和の作品”となる。西川の目が行き届く。
 二枚目すぎる小説家の津村啓はテレビにも出演するタレント作家だ。しかし作家としては実は行き詰っていたのだ。そのことがわかっているのだろう、彼は焦燥感を持っている。そして、陽一の子どもたちの世話をすることによってこの体験を文字にしようとしている。こういう場面を見ると、「作家というのはつくづく因果な商売だ」と私は思う。本人は特段の下心もなく妻の親友の子どもの面倒を見ているだけなのだが、作家としての職業意識はしみついてしまっているから、ついついメモ帳を取り出してこの状況を言葉にして書いてしまう。作家というものは自分の周囲の人を傷つけるものだ。知ってか知らずか、自分の周囲にいる人間のことを書いてしまう。書かれた本人たちは傷つくし、書かれたと思い込むことによってまた傷つくし、書いてもらえなかったと言って傷つく。いずれにしても傷つくのだ。
 だからラストシーン、作家としての津村の姿はハッピーエンドなのかどうかが疑わしい。(Amazonプライムビデオ)

2016
124分、日本

監督:西川美和、 製作:川城和実ほか

 出演:本木雅弘、 竹原ピストル、 藤田健心、 白鳥玉季、 堀内敬子、 池松壮亮黒木華深津絵里