「ラインストーン・カウボーイ」などの大ヒット曲で知られるカントリーミュージックのスター、グレン・キャンベルがアルツハイマー病を患っていることを公表し、家族とともに最後のツアーに出る。その1年半を追ったドキュメンタリー。
1936年生まれのグレン・キャンベルは2011年、新アルバムの発表と同時にアルツハイマー病に罹患していること、そして3人の子どもたちをバックバンドに従えて「さよならツアー」を敢行することを公表した。映画は4番目の妻であるキンバリーの証言を多く交え、ファミリー・ビデオに記録されている子どもたちの幼いころの姿を繰り返し回顧しながら、現在のグレンのツアーの様子を映し出していく。グレン・キャンベルは4回の結婚で8人の子どもを得た。最後の結婚で3人の子どもに恵まれ、3人ともミュージシャンとなり、家族全員とスタッフが大型キャンピングカーに乗り込んで全米を回るのだ。
自身がアルツハイマー病患者であることを知っているグレンは、自分の姿をあるがまま写してほしいと願い、それが同じ病に苦しむ人々を勇気づけるに違いないと語る。しかし、病気の進行と共に記憶は薄れ、勘違いが増え、歌詞も忘れ、感情の抑えが利かなくなる。
ツアーに出たのはいいけれど、本当に歌が歌えるのだろうか。ギターが弾けるのだろうか。ハラハラドキドキのサスペンス映画を観ているような緊迫感で手に汗を握ってしまうではないか。だがなんということだろうか、驚異のテクニックでギターソロを弾きこなし、忘れた歌詞はモニターに流れる文字を見てなんとかカバーする。脳は委縮を始めているのに音楽をつかさどる部分だけが活性化しているというMRIの検査結果に医者も舌を巻く。グレンと医師との丁々発止の会話もユーモラスだ。記憶力のテストでは屁理屈をこねて医師を言い負かし、自分の記憶力が失われていることを認めない。
本作は編集が優れているので、テンポよく現在と過去が行き交い、観客の目を奪う。この一家は多くのビデオを残していた。それを見れば、子どもたちがごく幼いころから楽器に親しんできたことがわかる。娘のアシュレーが嘆く。「もう、父のギターがわたしのバンジョーについてこられなくなったの」と。思うに任せない自身の身体や記憶にいらつき激高する父にアシュレーは「パパ、大丈夫よ。わたしが覚えているから」とハグする。
どんなときも家族は父を見捨てないし、励まし、共にある。その家族の愛情に心を打たれる。だが徐々に病気が進行し、「もう、無理。もうツアーを続けられない」と妻が決意したとき、不安で心が潰されそうになっていることをカメラの前で告白している。そのつらさが画面からもひしひしと伝わってくる。
特記すべきは豪華なゲストである。ポール・マッカトニーやブルース・スプリングスティーンのような超ビッグスターが何人も登場してグレンについて語り、彼の楽屋を訪ねてくる。政治家たちもアルツハイマー病治療のための予算確保のために尽力してくれる。ビル・クリントン元大統領もその一人だ。
この映画は2011年から2年ほどの期間に撮影され、2014年に公開された。そして2017年にグレンが亡くなってからようやく今年日本公開にこぎつけたものである。画面に映っているグレンはなんとか理性を保っているし、自分自身のアイデンティティを失ってはいない。ほんとうに大変だったのはそれ以後ではなかったかと想像する。認知症を患い、施設に入っているわたしの実母を映画を観ながら何度も思い出した。
一人のミュージシャンの最期の姿を追った映像として、また認知症を患う家族を見守り介護し、共に働く人たちの苦悩と喜びの記録として、この映画は輝きを保ち続けるだろう。
(2014)
GLEN CAMPBELL: I'LL BE ME104分
アメリカ
監督:ジェームズ・キーチ音楽:ジュリアン・レイモンド出演:グレン・キャンベル
ブルース・スプリングスティーン
ジ・エッジ
ポール・マッカートニー
ブレイク・シェルトン
シェリル・クロウ
キース・アーバン
ブラッド・ペイズリー
テイラー・スウィフト
スティーヴ・マーティン
チャド・スミス
ビル・クリントン
ジェイ・レノ
ジョー・オズボーン
ハル・ブレイン
ドン・ランディ
ジミー・ウェッブ