吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

焼け跡クロニクル

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 「焼け跡」は比喩じゃなくて、本当に火事で焼けたての、まだ消防車や救急車がサイレンを鳴らしている様子から映画が始まる。2018年、この映画の監督一家5人が暮らしていた京都の家が全焼してしまう。大事な撮影素材や機材を持ち出そうと原將人監督は火の中に飛び込んで火傷を負う。何もかもなくなってしまったが、とりあえず原將人監督以外の家族は無事だった、その状態でとっさに妻の原まおり監督がスマホで自分たちの様子を撮影し始めた。

 この映画は、焼け跡から家族がどのように生活を再建していったかを記録するホームムービーでありながら、十分映画作品としての鑑賞に堪えるものとなっている。ホームムービーがとかく家族の視線に収まってしまうことから自由になっていることがその要因だろう。家族と自分たちを映したセルフ映像でありながら、客観的な視線もまた感じるからだ。

 京都西陣の町家である古い住宅から火が出て、あっという間に全焼したが、幸い死者はおらず、周辺の家屋が類焼することもなかった。しかし何も残っていない、この状態でどうやって家族は暮らしていくのか? 世の中には火事に遭った人はそれほど多くないだろう。だから、焼け出されたらその日はどこで過ごすのか、家がないのにどうやって寝場所を確保するのか、知らないことが多すぎる。そういった、火事の後はどうしてるんですかという疑問に答えるような様子も映し出されて大変興味深い。

 そして、火傷を負って入院した原將人の痛々しい姿も映し出されるが、時の経過とともにその傷も癒えていき、なんと焼け残った貴重な8ミリフィルムも発見された。18歳の息子と5歳の双子の妹たちが画面に映った瞬間には、原將人監督の孫かと間違えたのだが、原まおり監督とは親子ほど歳が離れており、5歳の娘たちは原將人が63歳の時に生まれたのであった。

 この双子が何とも言えず愛らしい。やはり子どもは未来への光に違いない。彼女たちの成長がこの映画の中で見られることが観客にとっても驚きと喜びとなるであろう。少し歳の離れたお兄ちゃんがどことなくニヒルな感じなのもいい。家族の距離感と愛情が絶妙に合わさっており、この一家はどうなっていくのだろうという興味に引っ張られてあっという間に84分が過ぎる。監督が淡々とナレーションするその様も静かなユーモアがあって、こんなに大変なことがあったのに転んでもただは起きぬ映像作家魂に感動する。

 スマホの映像や焼け残りの古い8ミリ映像が映るので、劇場の大きなスクリーンで見るのはつらいと思う観客もいるかもしれないが、これが映画作品として後世に残る意味を考えたときに、よくぞ撮ってくれたという思いが強い。 今年また東北で震度6強地震があり、被害に打ちひしがれた人々が何人もおられることだろう。思い出の品を拾い集めていた311の被災者の姿もこの映画にだぶる。人は記憶を記録に刻むことによって救われていく。記録をアーカイブする業を担う一人として、この映画に感謝したい。

2022
日本  Color  84分
監督:原まおり、原將人
製作:原正孝
プロデューサー:有吉司
撮影:原まおり、原將人
編集:原まおり、原將人
音楽:原將人