吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

幸せなひとりぼっち

 お気に入りの一作になった。

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 オーヴォは59歳、無職になったところ。妻に先立たれて半年。しかしわたしにはオーヴォは59歳に見えなかった、70歳ぐらいかと思ってしまったわ。今年フランスにいってわかったんだけれど、ヨーロッパの水で顔を洗うと肌が荒れる。あんな水で体を洗ったり飲用を続けると、すぐに老ける。日本人が若く見えるっていうのはたぶん水がいいからだろうな。
 で、そのオーヴォは巻頭、スーパーのレジで店員に文句をいう「恐るべきクレーマー」だ。何かにつけて文句ばかり言っている。近所を見回っては「車を住宅地に入れるな」「ここにごみを捨てるな」「あれをするなこれをするな」とうるさい。なんていうガミガミオヤジなんだとあきれてしまう。ここでわたしは近所のある初老の男性を思い出した。その人はいつも駐車違反の車にうるさく言い寄っては「ここは駐禁です」と言い続けていた。そして、わたしたちがこの町に引っ越してきてその人とご近所づきあいをするようになって数年後に、60代前半で亡くなった。実はその人はとても気のいいひとで、確かに倫理観が高くて口うるさかったけれど、みなが嫌がって鬱陶しがってしないことを言う人だった。いま、その人が居ないことがとても寂しい。あの方が生きておられたら、きっとこのあたりの違法駐車には口うるさく言って回ったんだろうな、あの人がいつも公園のごみを拾ってくださっていた(今はそのご本人に代わっておつれあいが公園の溝を掃除してくださっている)こともありがたくて頭が下がる。


 閑話休題
 オーヴォは最愛の妻を喪ったので、後追い自殺を試みるが、何度首をつろうがどうしようが、その都度邪魔がはいって、なかなか死ねない。そして、死に向かうその時に彼の意識は過去に戻り、若き日の姿が観客に提示される。好青年だった若かりし頃、父が急死し、火事に遭い、けれど失意の中で美しく聡明な女性と出会い、愛し合って結婚する。という、彼の日々が描かれていき、すべての記憶が亡き妻への深い愛につながっていることがわかる。
 孤独なオーヴォが愛しているのは亡妻だけのように思えるが、ここに新たな転居者がやってくる。新しくやってきたご近所さんは可愛らしい女の子二人をもつまだ若いカップル。妻のほうはイランからの難民で、三人目の子どもを身ごもっている。イラン人の妻の名はパルヴァネ。屈託のない彼女は気難しいオーヴォにも恐れることなく接し、持ち前の明るさでいつしかオーヴォと心を通わせることになる。この過程がとてもいい。パルヴァネは過去に多くの悲しみを抱えているのだろう、そこから立ち上がった人間は優しく強い。
 恐るべきクレーマーのように見えたオーヴォだが、彼は自分たちの街並みを守り、快適に暮らせるように全力で努力していたわけだ。この姿勢は素晴らしい。何事も自力でやり遂げようとするオーヴォは、車椅子生活者のためのスロープ設置を行政(学校)に要求して拒絶されると、自力で作ってしまう。この姿勢が感動的だ。 
 オーヴォのかたくなな態度も観客にとっては笑いの種、彼の幾度にもわたる自殺未遂も笑いの種、それらのユーモラスなシーンは決して爆笑を誘うようなものではないが、映画全体がほのぼのとした可笑しみに満ちている。こういう頑固おやじって、コミュニティには必要な人材なんだと痛感する。彼は生活保守主義者には違いないが、かといって排外主義者でもない。心根は優しい人なのに、様々な苦労やつらい出来事を体験して、いつしか心が固くなり孤独に耐えられなくなっていたのだ。彼が固い心を溶かしていく過程がじっくりと描かれ、死と新しい生命の誕生が交錯するような結末が印象深い。オーヴォが生まれたばかりのパルヴァネの赤ん坊をそっと抱き上げるシーンの幸せそうなこと! 涙が出そうになった。いい映画を観たという思いがずっと残る作品だ。(U-NEXT)


<備忘録>
(1)テーマ音楽に聞き覚えがあるような気がしてたまらない。「刑事フォイル」に似ている。作曲家が同じではないかと疑ったのだが、ちがうようだ。
(2)44分57秒あたりのレストランのシーンのカメラワークがさりげなくすごい。これ、どうやって撮ったのか知りたい。今度Y太郎に訊いてみよう。

EN MAN SOM HETER OVE
116分、スウェーデン、2015
監督:ハンネス・ホルム、原作:フレドリック・バックマン、撮影:ギョーラン・ハルベリ、音楽:グーテ・ストラース
出演:ロルフ・ラッスゴード、イーダ・エングヴォル、バハール・パルス