吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ジュピターズ・ムーン

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 主人公が浮遊するシーンが素晴らしいという触れ込みだったので期待してみていたのに、それほどでもなく、それ以外の部分も全然予想していたようなメルヘンチックな話ではなくてほとんどノワールの世界、みたいなアクション逃亡劇だったので爆睡につぐ爆睡でいったい何を見たのかわからないまま終わってしまった。
 悔しいので翌朝もういちど早送りで見直す。すると、これはこれでとても面白い作品であることがわかった。主人公は難民キャンプから逃げ出したシリアの少年(少年ということになっているが、全然少年に見えない。どう見ても40歳代)。彼、アリアンは国境警備隊の警官の違法発砲によって重傷を負うが、それがきっかけなのか、重力を操る能力を身に着ける。彼を診た医師のシュテルンは「天使が実在する」と驚き、その能力を使って金儲けを考え付き、密かにアリアンを連れて逃避行に出る。 
 彼は行く先々で奇跡の空中浮揚を見せたり(見せなかったり)するが、着実に追手が迫ってくる。そこでカーチェイスあり、銃撃戦ありのアクション映画になっていくのだが、時々見せる空中浮揚がとても稚拙で独特の雰囲気を持っている。この感覚がハリウッド映画の「なんでもあり」とはまったく異なるところだ。不器用に手足を動かして、ほとんどもがいているように見える浮揚の仕方がなんともいえず滑稽でさえある。もっとスマートにスピード感を出してCGがんがん使いまくって、という映像感覚とは違うところが面白い。 
 寄る辺なき難民が驚異の能力を身に着けることになるというのは、現実の難民問題への意趣返しのような設定だ。彼らが行くところもなくさまよい続ける現状を批判する視点をもつ本作は社会派SFと言えるが、同時に空中浮遊する少年は天使の仮託であるように、神の存在がこの映画でも問われ続けていく。主人公のシュテルン医師が医療ミスを犯して賠償金を支払わなくてはならない立場にいるというのも大きな意味がある。人はみな過ちを犯す。その犯した過ちにどう向き合うのか、どう責任をとるのか。 
 倫理、宗教、自己犠牲、さまざまなテーマを含んだ、異色作。(U-NEXT)

JUPITER HOLDJA
128分、ハンガリー/ドイツ、2017
監督:コルネル・ムンドルッツォ、脚本:カタ・ヴェーベル、撮影:マルツェル・レーヴ、音楽:ジェド・カーゼル
出演:メラーブ・ニニッゼ、ギェルギ・ツセルハルミ、ジョンボル・イェゲル、モーニカ・バルシャイ