吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

エゴン・シーレ 死と乙女

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 タイトルロールを演じたノア・ザーヴェトラのイケメンぶりに見とれているうちに映画が終わってしまった。
 物語は、寝室で瀕死になっているエゴン・シーレとその妻をシーレの妹が発見する場面から始まる。エゴン・シーレは1918年に28歳で夭折した天才画家だ。第1次世界大戦終結と前後して世界中で大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)によって、シーレもその妻エディットも相次いで亡くなる。先に妻が亡くなったのだが、エゴンはその事実も知らずに死んでいく。この時代、人はすぐに死んでしまうのだ。せっかく戦争を生き延びたというのに、エゴンは戦後を生きることができなかった。
 その恐るべきスペイン風邪(映画中ではそのような説明はない)の場面から一転して、20歳ごろのシーレが自身の妹をモデルに裸婦像を描いている場面へと変わる。映画はこのように、何度も過去と現在を行き来する。
 モデルとなる女性に恋して何人も恋人をとりかえていくシーレは、同時に複数の女性を愛し、彼女たちを利用して好き放題に絵を描いている。天才だから許されるけど(いや、許さないよ!)、これ、普通の人がやったらもう社会から排除されるレベル。モデルに苦痛を与えるような無理なポーズを取らせて、異様とも言えるインパクトのある絵を描いたシーレは、エロスと死に取りつかれていた。 
 同じようにモデルに手を出す不埒な男、クリムトの弟子として、悪いところばかり師匠から受け継いだのか、シーレもまたモデルと関係をもつのが当然のような男だった。まあ、あれだけ男前ならしょうがないかな。やがて彼に献身的に接してくれる少女モデルのヴァリと出会って同棲を始める。ヴァリのおかげでずいぶん助けられたシーレなのに、結婚相手には中産階級の女を選ぶ。しかも結婚相手と見込んだ姉妹のどちらにも手を出しているのだから、どうしようもない男だ。
 エゴン・シーレの女性関係に焦点を当てて描いた伝記なので、彼の絵をもっと見たいというファンには少々残念な結果だったかもしれない。

EGON SCHIELE: TOD UND MDCHEN
109分、オーストリアルクセンブルク、2016
監督:ディーター・ベルナー、製作:フランツ・ノヴォトニーほか、脚本:ヒルデ・ベルガー、ディーター・ベルナー、撮影:カーステン・ティーレ、音楽:アンドレ・ジェジュク
出演:ノア・ザーヴェトラ、マレジ・リークナー、ヴァレリー・パフナー、ラリッサ・アイミー・ブライトバッフ、マリー・ユンク、コルネリオス・オボニャ