樹木希林さんを追悼して。映画ではなく、TBSで放送されたテレビドラマをご紹介。
2005年の茨城県在住のフリーターが、サーフィンの途中で溺れたはずみに1944年にタイムスリップし、予科練飛行士と入れ替わってしまうというコメディ。ドタバタコメディから始まった物語がいつの間にか戦争の悲惨さを伝える内容へと移り変わっていく。
無責任でチャラい若者、尾島健太は海で溺れて浜辺に打ち上げられる。見覚えのない田園風景に絶句し、一軒の民家に転がり込むが、そこが60年前の世界だということに気づくまでのやり取りが笑える。民家には老婆と若い娘が二人で住んでいた。この老婆が茨城弁をしゃべる樹木希林。十年以上前の演技だが、既に完全に気のいいお婆さんである。時代を超えた二人の会話が絶妙に面白くて、お互いの言っていることが理解できないミスコミュニケーションが笑いを誘う。
一方、霞ヶ浦飛行場で飛行訓練を受けている途中に墜落事故を起こした1944年の予科練生・石庭吾一は、同じく茨城県の浜に打ち上げられて病院送りに。そこにやってきた恋人のミナミと頓珍漢な会話を交わすと、吾一は一時的な記憶喪失に陥っているのだと家族にもミナミにも思い込まれてしまった。やがて町に出た吾一はそこが未来の日本であることに気づいて愕然とする。
タイムスリップした二人がそっくりな外見であったことから、二人ともそれぞれの時代の相手と入れ替わることになり、真実を語っても誰も信じてくれないだろうと思って、ついつい黙ってそのままズルズルと別世界で過ごすこととなる。当然にも二人はその二つの世界の価値観の違いに驚き、自分たちの入れ替わりが周囲に影響を及ぼすことを知って狼狽する。
入れ替わった二人を森山未來が一人二役で見事に演じ分けた。もともと彼の一種独特の風貌は、チャラい現代人にも生真面目な軍国青年にも見える。細い目で力んで思い切り横目で睨む演技も可笑しい。
このドラマは反戦ものとして製作されているが、異なる視点から解釈可能で、たとえばフリーター健太は無責任でろくに努力もしない自堕落な男だが、戦時中の軍国青年は自己犠牲の美しい精神に満ちているといったステレオタイプは気になる。その二人が入れ替わることによってフリーター健太が成長していく、一種のビルディングスロマンでもあるわけだが、健太は決して軍国青年になるわけではない。日本が戦争に負けたことも原爆投下も知っている健太は、「お国のために死ぬ」ことを否定している。
健太が滑り込んだ時代では日本の戦況はどんどん悪くなり、ついに特攻攻撃が開始されることとなる。本作では飛行機による特攻ではなく人間魚雷「回天」が登場する。若い命を犠牲にするこの特攻作戦が無謀でばかげていることを知りながら反対できない健太は、人間としていかに成長を遂げるのだろうか。ここには、ばかばかしいとわかっていながら抵抗することができなかったかつての戦争の姿がある。
ところで、本作はまた図書館映画の一つとも言える。現代にスリップしてきた吾一は戦後の日本史を知るために図書館で懸命に勉強している。やはり、わからないことがあれば図書館に行け! ですね。
見終わって、作品の解釈をめぐって誰かと語り合いたくなるようなドラマだ。
2006/09/17放送、日本、110分
演出:金子文紀、原作:荻原浩『僕たちの戦争』、脚本:山元清多
出演:森山未來、上野樹里、内山理名、玉山鉄二、古田新太、麻生祐未、田中哲司、樹木希林