吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ザ・スクエア 思いやりの聖域

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 冷汗が背中を流れそうなブラックコメディ映画。もう、見ているだけで息が苦しくなってくる。しかし、その割に長さを感じさせないのだから、優れた映画であることも確かだ。カンヌ映画祭パルムドール受賞作。
 舞台はスウェーデンの現代芸術を扱う美術館。主人公クリスティアンはチーフ・キュレーター。つまり、主任学芸員。これがまた日本の学芸員、別名雑芸員とは全然違って、スター性を帯びた有名人なのだ。バツイチで二人の娘あり。一人暮らしの高級マンションには絵が何枚もかかっていて、室内はスタイリッシュに整頓されている。このクリスティアンを演じたクレス・バングがナイスミドルで、甘い二枚目。彼を見ているだけで幸せな気分になれる。とはいえ、役柄の彼は自意識の高いエリートインテリであり、自らは倫理観の高いリベラルな人間だと思っているところが噴飯もの。その自己意識が徐々に解体され、虚飾のリベラルぶりが露呈していくさまが背筋も凍る物語だ。
 「ザ・スクエア」とは、クリスティアンが発表する次回の展示タイトルのこと。ミュージアムの地面にスクエア=正方形を描画し、「この中に入っている人は皆が平等で同じ権利を持ち、公平に扱われる。助けを求めれば、救われる権利を持つ」というもの。それは社会的格差や利己主義への批判を込めた政治的展示である。しかし、そのコンセプトを美術館の支援者に向かって説明するクリスティアン自身が実は偽善にまみれた生き方をしていることにやがて気づかされる。そのきっかけは、彼がスリにあったことである。スマホと財布を盗まれた彼は、GPSを使って犯人の居所を確かめた。そこから彼が取る行動がやがて彼自身の首を絞めていくことになる。
 まず驚くべきことは、高福祉国家のはずのスウェーデンでかくも多くの物乞いの人々が存在するということ。もはや現在の日本ではみかけることなどほとんどない物乞いが、今のスウェーデンでは珍しくないのか。驚愕のシーンであった。そして、平等社会だと日本の教科書に書かれていたはずのスウェーデンも実は格差社会であり、主人公が住む高級マンションと彼の財布を盗んだ人が住む地域との格差もまた一目瞭然だ。彼は「こちら側」に住む自分たちと、「向こう側」に住む人々との格差を認知している。そして、その問題を自覚しながら、自らは偏見にまみれていた。その苦しい思いが彼を追い詰める。
 本作に登場する人物がいちいちわたしの癇に障る。クリスティアンと一夜を共にする女もいやな女だ。クリスティアンも良いのは見た目だけで、性格はよろしくない。彼にからんでくる登場人物がみな苛立ち、怒り、扇動し、自分勝手だ。彼が主宰するイベントは寒々しい空気が張り詰め、観客もまたイライラさせられ、見ているだけで戦慄が走る。観客自身の価値観が問われ、「あなたは自分の正義を疑わないほど高潔な人間ですか」と鋭い刃とともに問い詰められているような気分になる。ほんとうに居心地が悪い。
 本作を好きか嫌いかと聞かれれば、好きとは言えないのがつらいところ。実際、つらい映画だった。でもインテリ左翼は絶対に見るべき。そして冷汗をかきましょう。

THE SQUARE
151分、スウェーデン/ドイツ/フランス/デンマーク、2017
監督:リューベン・オストルンド、製作:エリク・ヘンメンドルフほか、脚本:リューベン・オストルンド
出演:クレス・バング、エリザベス・モス、ドミニク・ウェスト、テリー・ノタリー