吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

ノマドランド

画像9 緊急事態宣言が出て映画館が休業する前に見た。劇場用パンフレットを作成していないとな。最近こういうことが増えた。「テスラ」みたいな地味な作品ならともかく、いちおう本作はアカデミー賞候補作ですぞ。残念きわまりない。で、やっぱり獲ったじゃないの、作品賞。ねぇ、今頃慌ててパンフ作ってるかな?

 さて、これぞ労働映画。Amazon季節労働者に始まってAmazonで終わる、ノマド(放浪者)の旅。アメリカでは今、こんな労働が普通になっているのか? 驚きと共に見終わった。

 時は2011年。リーマンショック後の不況により、多くの人々、特に高齢者が職業と家を失い、老後の蓄えのほとんどを費消してしまったケースが目につく。主人公である60代の女性ファーンが住むネバダ州の鉱山の町も会社が閉山・工場閉鎖してしまったため、社宅に住んでいた彼女は住む家を失くした。亡き夫は鉱山で働き、彼女も事務の仕事や臨時教師などを経験しながら企業城下町で暮らしてきた。しかしいま彼女の手元に残ったのは古いキャンピングカーだけ。ボロボロ車だが、時間と金をかけて自分で改造を加えた愛車なのだ。夫との思い出を車に積んで、彼女は放浪の季節労働者として広大なアメリカ中西部をめぐることとなる。

 ファーンが最初に就職したAmazonでは、車で野宿する人々を当たり前のように雇っているようだ。彼らの駐車場代はAmazonが払ってくれる。Amazonの配送場で働いている間は駐車料金は無料だし、シャワーなどの設備も使えるが、仕事が終わるとたちまちそこもいられなくなる。この映画はAmazonがスポンサーになっているのだろうか? その配送工場の様子が大変興味深い。

 Amazonでの仕事が終わったら、この先は転々とするだけ。キャンプ場の清掃員とか、果樹園での農業労働者とか、高齢の彼女にとってはつらい肉体労働ばかりだ。しかし、行く先々で一緒になる仲間もいる。この界隈ではすでにノマド労働者のコミュニティが確立しているかのようだ。そんな彼女は「家がないの?(Homeless?)」と素朴に質問した少女に答える。「いいえ、住む家がないだけ(Houseless)」。そう、ファーんにとってはキャンピングカーが家であり、決してホームレスではないのだ。

 いろんな場所を転々とするうちに、何人もの労働者たちと再会するファーン。いつしか彼女を慕う男性も現れる。しかし、彼女はノマドを続けるのだ。それが誇りであるかのように。

 この映画が描くことは二つ。一つは、格差社会の中で底辺の臨時労働者として自助努力を強いられる高齢者の姿への静かな怒り。もう一つは、そんな彼ら彼女らが自立した労働者としての誇りを失わない姿。言い換えれば、この映画が描く価値観は社会主義者が奉じる福祉国家か、それともリバタリアンが最上の美徳と奉じる徹底した自由と個人主義か、という二択の世界だ。ただ、それが必ずしも二者択一ではないと思われるところがこの映画の優れているところではないだろうか。

 このような理屈めいたことはともかく、何よりも印象に残るのは、ファーンたちの労働の現場であり、同時に雄大アメリカの風景だ。アカデミー賞撮影賞にノミネートされただけのことはある、すばらしいカメラの仕事ぶりに感嘆する。雄大な風景だけではなく、夕暮れの流れゆく雲の美しさ、沈みゆく陽光、いずれもその光の淡いが声をなくすほど美しい。そしてラストシーン。ファーンが戻ってくるかつての自宅(社宅)があった場所の荒涼たる風景のあまりの寂しさと厳しさに息を飲む。こんな場所で何十年も住んでいたのだ。これでは人生観も変わるだろう。こんな砂漠の真ん中の何もないところがHomeだったのか。ここが彼女にとっては幸せな住処だったのか?

 この映画に登場する本物のノマドな人々があまりにも自然で、映画と現実の区別もなく存在感を融解するという高等な技でそのままの姿を映画世界に刻み付けているのに対して、プロの役者であるデヴィッド・ストラザーンが浮いている。フランシス・マクドーマンドは女優にも見えないぐらいに本物のノマド労働者に見えた。さすがである。ここまで女優に見えないって褒めていいのか悪いのか?(笑) 

 この雄大な映画を自宅のモニターで見るなどとは、あるいはスマホで見るなんて言うのはまったく別の作品を見るに等しい。絶対に映画館の大スクリーンで見てほしい。

2020

NOMADLAND
アメリカ Color 108分

監督:クロエ・ジャオ

製作:フランシス・マクドーマンドほか

原作:ジェシカ・ブルーダー 『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(春秋社刊)

脚本:クロエ・ジャオ

撮影:ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ

音楽:ルドヴィコ・エイナウディ

出演:フランシス・マクドーマンドデヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、ボブ・ウェルズ