吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

サーミの血

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 サーミとは、北欧数か国にまたがるラップランド地域の少数民族を指す。一九三〇年代、スウェーデンに住むサーミ人の少年少女たちは親元から離され、寄宿学校で同化教育を受けていた。非文明人として差別されるサーミ人少女のエレ・マリャは学校を飛び出し、町へと逃亡する。スウェーデン人のふりをして紛れ込んだ村祭りで出会ったハンサムな青年ニクラスに恋をしたエレ・マリャは、彼の住む町を目指した。
 きっとニクラスは自分を受け入れてくれる。町へ行けば上級学校へも進学できる。今の先生は「あなたたちの脳は文明に適応できない」と進学をにべもなくはねつけたけれど、わたしは成績優秀なんだから、きっと進学できる――と、エレ・マリャの心の叫びは観客に手に取るように伝わる。
 故郷の村から学校へ集団で連れてこられたその日に、鼻の長さを測定され裸で写真撮影された屈辱に耐えた。まるで家畜を品評するような教師たちの態度、村人たちの「サーミ人だ、不潔な奴ら」という侮蔑の言葉に背中を刺され、禁じられたサーミ語を話しただけで教師に鞭で打たれた。エレ・マリャの悔しさはわたしのものだ。観客が彼女と同じ痛みを味わい、ここから逃げることを渇望する。さほどにヒロインに共振してしまえるほど、この映画はエレ・マリャに寄り添い、観客は彼女の意志の強さがあふれ出る瞳に吸い寄せられる。
 監督自身がサーミ人で、ヒロインを始めサーミ人は全員本物のサーミ人が演じた。エレ・マリャは長身のスウェーデン人の中ではひと際小柄で、黒髪が目立つ。演じたレーネ・セシリア・スパルロクの寡黙で自然な、そして理不尽な扱いを受けて燃え立つ眼の演技が素晴らしい。
 自由を求めて家族を捨てたエレ・マリャに、幸せな未来が待っていたのだろうか。故郷を離れ、自らの文化を否定してスウェーデン人として生きたエレ・マリャに、本当の自由も解放も訪れなかったのではないか。差別を憎み、自らの勇気と努力で這いあがった人生だけれど、彼女が失ったものは大きい。当たり前にサーミとして生きることを否定され、スウェーデン人並みになることも否定された、引き裂かれたサーミの民の深い悔恨が静かに染み出る。
 トナカイを飼い大自然とともに生きるサーミの村の雄大な風景とともに、民謡「ヨイク」の独特の節回しが心に残る。そして何よりも、エレ・マリャの不屈の面構えが忘れられない。

 SAMEBLOD
108分、スウェーデンノルウェーデンマーク、2016
監督・脚本:アマンダ・シェーネル、撮影:ソフィア・オルソン、ペトリュス・ショーヴィク、音楽:クリスティアン・エイドネス・アナスン
出演:レーネ・セシリア・スパルロク、ミーア・エリカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ、ユリウス・フレイシャンデル