吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

スポットライト 世紀のスクープ

 今年のアカデミー賞作品賞受賞作。まじめな社会派作品で、社会派の王道を行く。と同時に図書館映画、アーカイブズ映画でもあった。個人的には収穫の多い作品。

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 カトリック教会で子どもたちが神父の性的暴行の被害者になっていた事実が暴かれ、しかもその性犯罪をカトリック教会が組織ぐるみで隠蔽していたことも報じられた、ということは記憶に残っている。だから映画を見る前は、「今となってはそんなの誰もが知っていることでしょ、なんで今頃」という気持ちだったのだ。この事件はまだ確かに記憶に新しい、ほんの十数年前の出来事だったが、既にいくつもの詳細をわたしはすっかり忘れていたし、この事件をスクープした『ボストン・グローブ』紙の「スポットライト」というチームが活躍していた最中に9.11が起きたのだ、ということも今更ながらに知って、衝撃を受けてしまった。

 役者の演技力や貫禄が半端なく高いため、チーム内の記者同士の葛藤や、上司と部下の軋轢といったサラリーマンあるある物語すら陳腐にならず、しかも一人ひとりの記者やデスクの個性が素晴らしい。熱血漢あり、クールな上司あり、粘り強く温かい女性記者あり、まさにチームワークというのはこれを指すのだ。

 本作が「大統領の陰謀」と比較言及されることが多いので「大統領の陰謀」を改めてDVDで見たが、「大統領の」は退屈な作品で、「スポットライト」の面白さには足元にも及ばない。「大統領の」主役の一人であるワシントン・ポスト紙のベン・ブラッドリー編集長がなんと、「ボストン・グローブ」の社会部長ベン・ブラッドリー・ジュニアの父親であったとは、因縁を感じる。

 「大統領の陰謀」の取材がひたすら電話をかけまくるだけの退屈なものであったのに比べて、本作のサーシャ(レイチェル・マクアダムズ)の粘り強く被害者宅を訪ね歩く取材や、被害者の言葉に真摯に耳を傾け頷きながら黙って聞いている様は、今流行りの傾聴法とはこういうことを言うのかも、と思わされて興味深い。被害者は徐々に彼女に心を開き、自分たちの被害について語り始める。
 緊迫感が持続するとともに、社会正義とは何かを考えさせる深い作品だ。なぜこの問題が今まで公然の秘密のようになっていたのか、新聞社も読者におもねっているし、教会の権威を忖度する。正義感溢れるデスク自身もかつて、この手のネタを握りつぶしていたことすら記憶になかった。記者たちは無意識に「小さな話」「ガセネタかも」と思う事件をスルーしてしまう。それらの「小さな告発」が大スクープになるという嗅覚を持っていることが、ジャーナリストとしての才能の分かれ目なのだろう。 

 記者たちは被害者と加害者の存在を知り、その実態と裏付けをとるために教会の記録保管所を訪ねる。ここは教会アーカイブズである。さらには、教会が毎年発行している年鑑を図書館で閲覧する。調査のためにアーカイブズと図書館を見事に使いこなしている。

 教会の権威というのものがピンとこない日本では、本国ほどにはこの映画がインパクトをもたらさないだろうが、ジャーナリスト魂というものを知らしめる良作だ。新聞記者は正義の味方ではない。野心にも名誉欲にもかられるものだ。しかし、正義を実現したいという欲求も本物だろう。そのことがよくわかる、熱い作品。

SPOTLIGHT
128分、アメリカ、2015 
監督・脚本: トム・マッカーシー、製作: マイケル・シュガーほか、脚本: ジョシュ・シンガー、撮影: マサノブ・タカヤナギ、音楽: ハワード・ショア
出演: マーク・ラファロマイケル・キートンレイチェル・マクアダムス
リーヴ・シュレイバージョン・スラッテリー、ブライアン・ダーシー・ジェームズ、スタンリー・トゥッチ