吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

フランス組曲

f:id:ginyu:20160114013600p:plain


 戦火に芽生えたドイツ人将校とフランス女性とのはかない愛。互いに配偶者のある身で、どうしようもなく惹かれあった極上のメロドラマ。

 原作小説を書いたイレーネ・ネミロフスキーは1942年、アウシュヴィッツで亡くなった。遺された膨大な手稿を娘たちは母の日記だと思い込み、つらい思い出を封印するかのようにそのノートを開けず、未完の小説であることに気づいたときには21世紀を迎えていた。2004年に出版されるやベストセラーとなったその小説の第二部を映画化したものが本作である。

 1940年、パリがドイツ軍に占領され、大勢の難民が南に向かってパリを脱出した。山野の一本道を難民が疲れ果てて行進する様は、絶望の色に染まっている。空からはドイツ軍の飛行機が容赦なく爆弾を落としていく。その場面では先日のパリのテロ事件の映像が脳内にフラッシュバックしてきた。この恐怖の戦争を、いままたフランスは繰り返そうとしているのか? 
 ビュシーという片田舎にもドイツ軍がやって来た。ビュシーの裕福な地主一家とその家に滞在するドイツ軍将校との緊張に満ちた、そして甘く危険な交流が描かれる。老女主人とその息子の妻が二人だけで守っているビュシーで一番立派な屋敷にやってきたのは、かつて音楽家を目指していた若きブルーノ・フォン・ファルク中尉。礼儀正しく音楽を愛するブルーノは、この家にピアノがあることがたいそう気に入った。夫が出征したまま消息不明のリュシルは、厳格で意固地な義母に仕えて窒息しそうな毎日を送っていた。大好きなピアノを弾くことを義母に禁じられたリュシルだったが、毎晩彼女のピアノをブルーノが弾くその音色をうっとりと聞いていた。美しいその曲はブルーノが作曲したものだった。

 音楽を通じて惹かれ合うようになる若い二人を周囲は冷たい目で見ていた。やがて自分の妻の体を狙った下劣なドイツ人将校を農夫が殺してしまう事件が起き、村には一気に緊迫感が漂う。ブルーノへのときめきに我を忘れていたリュシルだったが、殺人事件が起きたことから、彼女は重大な決意をする。。。。

 ドラマの前半部分は<戦時下に咲いた禁じられた恋の花>という甘いムードが漂うが、後半は一気に緊迫感が増す。若い男がいなくなった村に居る青年はドイツ兵だけという状況に、ドイツ兵と愛し合うフランス女性が現れるのは当然のなりゆきだ。そしてドイツ軍に占領されることによって、それまで水面下でくすぶっていた地方社会の階級矛盾が一気に噴き出す。身分・貧富の格差が持たざる者の不満を招来し、フランス人同士のいがみ合いが始まる。妬み・嫉みが人々の心をすさませ、リュシルの義母もまた強欲な地主の顔を隠さない。
 ドイツ軍に占領されるフランス人たちが一方的に被害者というようには描かれていないし、疑心暗鬼に陥る人々の心理描写や人物描写にすぐれた映画である。それは原作者の緻密な人間観察力の賜物だ。全5部構成の構想のもとに書かれた原作は、まだ第2部までしか完成していなかったにもかかわらず、日本語訳で500頁近い大部な作品だ。ナチスの軍靴におびえながら、わが身に起こることをあるいは絶望的に予感しつつ、イレーネ・ネミロフスキーは最後の長編小説を書いていた。彼女は当時の占領下フランスで起きた様々な醜悪な出来事を冷静な目で見ていたのだろう。

 映画のラストは小説には描かれていない。未完の小説は存在しても、未完の映画は許されない。監督・脚本のソウル・ディブは原作の意図を汲みつつ、原作よりもはるかに劇的なラストシーンを用意した。

 「フランス組曲」と題された、ブルーノが作曲した美しく切ないメロディは映画の全編を彩る。戦時下の真心、愛、勇気、嫉妬、憎悪、それらのすべての感情と理性との相克がこの映画には込められている。ミシェル・ウィリアムズが演じた若く美しい人妻は、義母に抑圧されるおとなしい嫁から、自分の意志で立つ勇敢な女性へと成長する。その凛とした姿に胸打たれ、さらにはドイツ将校ブルーノを演じたマティアス・スーナールツがこれまで出演したどんな映画よりも精悍な若者を演じているのに胸のすく思いがした。役者、演出、音楽、三拍子そろった必見作。二度と戦争をしてはならない、たとえテロとの戦いであっても。その思いを強くさせられた素晴らしい映画だった。

 流麗な文体で読者を引き込む原作もお薦め。

機関紙編集者クラブ「編集サービス」に掲載した文に加筆)

SUITE FRANCAISE
107分、イギリス/フランス/ベルギー、2014
監督・脚本: ソウル・ディブ、原作:マット・シャルマン、原作: イレーヌ・ネミロフスキー、音楽:ラエル・ジョーンズ、「ブルーノのテーマ」作曲:アレクサンドル・デスプラ
出演: ミシェル・ウィリアムズクリスティン・スコット・トーマスマティアス・スーナールツサム・ライリー