吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

私は、マリア・カラス

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 こういう伝記ドキュメンタリーをなんの期待もなく見ると実は面白い、という感想を持ってしまう。わざわざお金を払って映画館へ行っていたら腹が立つかもしれないが、就寝前にベッドの中に毎晩持ち込んでいるiPadで見る映画としてはまったく問題なく楽しめる。

 そもそもマリア・カラス本人が遠の昔に亡くなっているのだから、今さらなにか新しいものがでてくるわけではなかろう。とはいえ、もともと彼女が生前に公開予定だった自叙伝が朗読されるところが瞠目である。

 オペラ歌手がそんじょそこらのアイドル歌手よりはるかに人気があったなどということがもはや信じられない21世紀にこの映画を作ることの意味はなんだろうか。日本ではまず考えられない設定だ。

 しかしこの映画を見れば、マリア・カラスが不滅のアイドルであったことがわかる。もう音楽の鑑賞のしかたじたいが変わってしまったのだ、今や。日本ではオペラ(特に海外の)を見に行く人など上流階級である。実はわたしは一度も生のオペラを見たことがない。なにしろチケットが高すぎるから買えないのだ。つまりわたしも下流国民である。

 死ぬまでに一度は生のオペラを見てみたい。(Amazonプライムビデオ)

私はマリア・カラス

2017
MARIA BY CALLAS
フランス  113分
監督:トム・ヴォルフ
製作:エマニュエル・ルペールほか
朗読:ファニー・アルダン
出演:マリア・カラス

希望のかなた

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 アキ・カウリスマキ監督の作品は久しぶり。どんなふうに作風が変わったのかと楽しみにしていたら、これがまったく相も変らぬカウリスマキ調大展開。巻頭からしばらくののんべんだらりぶりにちょっと眠気を催し始めたころ、主人公のシリア難民とフィンランドの料理店オーナーが出会うこととなる。ここからが怒涛のオフビート展開!(語義矛盾)

 いやもう、たまりません、はらはらどきどき、笑えそうで笑えないジョークの数々。料理店が儲からないからメニューを変えようと、「今のトレンドは寿司だ!」といきなり寿司屋に変身するレストラン。ここはもう目が点になるお笑い箇所だ。

 さてあらすじは。シリアからの難民カーリド青年はフィンランドにたどり着くが、難民申請を却下されて強制送還の危機に遭う。やむなく収容施設を脱走したカーリドは偶然出会ったレストランのオーナーであるヴィクストロムに拾われ、オープンしたばかりの店で働かせてもらえることになる、という、難民・移民、人種差別という社会問題を大きなテーマに、でもそれらの問題を笑い飛ばすような人情味篤い人々の面白おかしい日常風景が描かれていく。

 カウリスマキ監督の常連役者たちがゾロゾロと登場するので、彼らが画面に出てきた瞬間にもう笑いそうになる。どう見ても役者の華がない中年ばかりがキャスティングされ、たまに若い女性がいてもまったく冴えないぽっちゃり体型の不愛想なウェイトレス、という役どころ。

 カウリスマキの作品は観客の好悪がはっきりするので、相性が悪い人は全然受け付けないだろう。わたしも、これまで「いまいちやなあ」と思いながら見てきたのだが、この作品はこれまでで一番面白く見ることができた。難民問題という焦眉の社会問題を取り上げたことに関心を惹かれたことが一つの要因だろう。

 しかし、「希望のかなた」と言いながら、希望がなさそうなラストシーンはとても悲しい。現実はあまりにも厳しいということか。(Amazonプライムビデオ)

2017
TOIVON TUOLLA PUOLEN
フィンランド  Color  98分
監督:アキ・カウリスマキ
製作:アキ・カウリスマキ
脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
出演:シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネン、シーモン・フセイン・アル=バズーン、カイヤ・パカリネン、ニロズ・ハジ

ある人質 生還までの398日

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 7月に鑑賞。四か月近く経ってしまったので、いつものようにすっかり忘れているが、これは見ごたえあったという記憶が残っている。こういうときにパンフレットを買っておくのは役に立つ。読みながらあれこれと思い出すのだ。

 2013年4月から2014年6月まで1年以上にわたって、シリアでISの人質となっていたデンマーク人写真家のダニエル・リューが主人公。生還したのだから結果は分かっているが、捕まっている間の虐待の様子や脱出の失敗など緊迫する場面が続き、さらに人質奪還のための裏取引やらがとても興味深いので最後まで画面に釘付けになる。まだ24歳という若さで過酷な状況に突然投げ入れられたダニエルが哀れで、自分の息子たちとほぼ同世代のため、わたしはすっかり母親目線でこの映画を見ていた。

 それにしても驚くべきは、人質を救出するプロが存在しているということ。世の中にはさまざまな職業があるが、こういう職業もあるとは。村上龍著『13歳のハローワーク』には出てきませんよ!

 極限状態では人の本質が露わになる。ダニエルは同じく人質として投獄されたアメリカ人ジャーナリストの気高さに接して心が安らぐ。一方で、残虐なイギリス人監視人たちもいて、彼らのことを人質たちは「ビートルズ」と呼んでいた。このように、ひとつずつのエピソードが豊かで、しかも緩みなく畳みかけるように編集されている。

 デンマーク政府はわが国のありがたい政府と同じで自己責任論を貫く。決して人質救出のためにお金を出したりしない。だから家族が必死になって莫大な金をかき集める。全財産を売り払っても決して入手できない金額だ。その死に物狂いの家族の愛はありがたすぎて涙が出る。

 いくつもの残虐シーンには目を覆うが、何よりも結末が決してハッピーエンドではないことが衝撃だ。

2019
SER DU MANEN, DANIEL
デンマークスウェーデンノルウェー Color 138分
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ、アナス・W・ベアテルセン
原作:プク・ダムスゴー 『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』(光文社新書刊)
脚本:アナス・トマス・イェンセン
撮影:エリック・クレス
音楽:ヨハン・セーデルクヴィスト
出演:エスベン・スメド ダニエル・リュー
ソフィ・トルプ アニタ
アナス・W・ベアテルセン アートゥア
トビー・ケベル ジェームズ・フォーリー

ゴジラvsコング

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 8月に映画館で鑑賞。

 これ、“モンスター・バース”シリーズの第4弾だそうな。どうりで、ほとんど何の説明もなくいきなりいろんな話が始まるから、「モナーク」って何だったっけ? なんでいきなり芹沢博士が出てくるんだ? まあ、ゴジラに芹沢博士はつきものだが。とか思っていた謎が解けた。大した謎ではないが。

 というわけで、本作は前作「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ 」の3年後という設定である。だから、このシリーズを見ていないとさっぱりわからないという仕様になっている。このシリーズは全部見ているはずなのだが、ストーリーをほぼ覚えていないため、設定の細かいところがわからない。登場人物の、特に子役が大きくなっているから、見ているこちらは一層混乱する。いちいち前作を復習しないとわけがわからないというのも困りものではあるが、こちらの記憶力が保っていられないのがいかんのだろうか。そうだろうなぁ…(悲)。

 で、3年間姿を現さなかったゴジラがなぜか突然海の中から出てきて、フロリダにある大企業を襲う。その理由はやがて明らかになるのだが、この企業が悪だくみをしている、ということで。ストーリーにはさして新味がないのだが、とにかくゴジラとコングの格闘が最大の見せ場! もうこの重量感がたまりません! いちいち見栄を切って取っ組み合いをするところとか、襲い掛かる前に思い切り「溜め」を作って大きく息を吸ってドッカーンとぶちかますタイミングとか、子どものころに見たプロレスを思い出した。技がレトロな感じがするし、歌舞伎などの伝統芸能ぽいところが本作の見せ場でありますな。

 他にも、細部にいろいろ見どころやツッコミどころがあり、全然退屈しない作品である。世界的大企業が簡単にハッキングされるとかありえんやろ! 重力が反転してるのになんで身体がバラバラにならないんですか?! その前に、超重力でつぶれるはずちゃうのん! え、重力に耐えるポッド? そんな都合のいい乗り物があるんやったらもっと科学は発展してるんちゃうの。いやあ、地球の空洞って地底の楽園やってんねぇ。などなどと楽しみは尽きない特盛定食で腹いっぱい。

 香港の街がこれ以上ないぐらいに破壊されるのがとても心が痛む。香港の人たちからクレームが出ないのか心配になった。破壊王ゴジラではあるが、コングと最後は心を交わしていくシーンがあって、これが実に泣ける。この2頭がそのでかい図体と顔を使ってしっかり感情表現をしているではないか! 

 かくしてゴジラとコングの演技力に感動した一作であった。小栗旬が白目を剥くのはいかがか(笑)。そうそう、 音楽も良かった。日本のオリジナルに敬意を払った曲風である。

2021
GODZILLA VS. KONG
アメリカ Color 114分
監督:アダム・ウィンガード
脚本:エリック・ピアソン、マックス・ボレンスタイン
撮影:ベン・セレシン
音楽:トム・ホルケンボルフ
出演:アレキサンダー・スカルスガルド、ミリー・ボビー・ブラウンレベッカ・ホール、ブライアン・タイリー・ヘンリー、小栗旬、エイサ・ゴンサレス

異端の鳥

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 モノクロで描かれるホロコーストの凄惨。これはホロコーストというよりも、もっと根源的な人間の悪について描いた映画だ。だからこそ舞台を特定の国に限定せず、主人公の少年の名前も不明なままだった。ホロコーストは人間の悪の部分の一つの象徴であって、この映画を見る限り、人はとにかく悪い生き物であるという言葉しか思い浮かばない。

 ホロコーストを逃れた少年は匿われていた疎開先の家を失くし、流浪の旅に出る。孤独な旅の途中で立ち寄った村々で搾取と虐待を受け、暴力の被害を受けるだけではなく、目撃者にもなる。描かれているのはドイツ軍のそれだけではなく、ソ連コサック兵の情け容赦ない暴虐もまたしかり。そして無辜の民のはずの田舎の人々の差別・迫害・暴力もまた剥きだしにされる。

 逃げ場のない暴力と虐待の連鎖を見せつけられる、何も楽しくない映画だ。しかも音楽もついていない。ところがちゃんと最後まで見ていられるというすさまじさ。編集が巧みなので、場面のつなぎがスムーズで余計なカットが入っていない。とはいえ、実は見終わって一か月も経てば細部はすっかり忘れてしまっている映画なのだ。なんということだろう。つまりは、「忘れてしまった」というよりは、「忘れたい場面が多すぎる」映画なのだ。怪作である。(レンタルDVD)

2019
THE PAINTED BIRD
チェコウクライナ / スロヴァキア  169分
監督:ヴァーツラフ・マルホウル
製作:ヴァーツラフ・マルホウル 
原作:イェジー・コシンスキ
脚本:ヴァーツラフ・マルホウル
撮影:ウラジミール・スムットニー
出演:ペトルコトラール、ウド・キア、レフ・ディブリク、イトゥカ・ツヴァンツァロヴァー、ステラン・スカルスガルドハーヴェイ・カイテル

引っ越し大名!

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 今年5月、星野源新垣結衣と結婚したとかで大騒ぎになっていたその直前に、彼が主演した映画をたまたま見た。テレビを見ないわたしとしてはなんでこの二人の結婚がそんな大きなニュースなのか理解できなかったのだが、さぞや二人が主演したテレビドラマが面白かったんだろう。

 それはともかく、星野源という役者のことはまったく知らなかったので、これが初お目見え。どうもどうも、初めまして(いや実は初めましてではなくて、何作か映画で見ているはずだが全く記憶にない)。それにしても地味な役者だ。あえてそういうキャラに見せているのかもしれないが、主人公の武士片桐春之介は人づきあいが苦手で、書庫にこもって本ばかり読んでいて、普段はぼーっとした顔をしている冴えない男。なんじゃそら、ひと昔前のステレオタイプの司書のイメージそのものではないか! 片桐は書庫番なので、本ばかり読んでいるのだから知識が多いはずだ、それなら藩を挙げての引っ越しという大事業をやり遂げる計画も片桐なら作れるだろう、というのがお偉いさん方の勝手な読みだった。

 それは司書というよりもアーキビストの仕事でしょ、とわたしは思わず画面に突っ込む。つまり、藩の過去の出来事のアーカイブズは書庫の中にあるわけだが、それは記録であって「本」ではないのだ。この映画では図書(書物)と記録文書の区別がついていない。江戸時代には大量の和漢書が出回っていたので、片桐が読んでいたのはその和装本の類のはずだが、彼は同時にアーキビストでもあったので、過去の記録を懸命に探して、お家の一大事に的確な助言を与える。

 さて物語は。時は五代将軍徳川綱吉の治世。徳川家の親戚のはずの姫路藩主松平直矩は、実際に生涯7度も藩替えを命じられた”引っ越し大名”なのである。この物語の時代では何度目かの引っ越しを命じられている。引っ越しは大変な出費を強いられる難事業である。そしてその事業の総責任者を命じられたのが、窓際族というか書庫番の青年片桐だったわけである。彼は文芸書が大好きで書庫に籠って「小説」ばかり読んでいたというのに、大抜擢である。まあ、この時代だから小説とは呼ばないが。

 で、彼が無理やり引っ越し奉行に引き立てられて、高橋一生演じる幼馴染で腕っぷしの強い武士・鷹村源右衛門の推薦で、ともにこの難事業に邁進することになる。ここで現代的な解釈としては、引っ越しに乗じて大量リストラを行うということと、この事業の影の立役者が若き女性である、という点が挙げられる。

 かくしてわれらが情けない主人公は、若く美しく子持ちで実家に戻っているお蘭と共に助け合って、いや、お蘭の知恵を借り尻を叩かれて艱難を乗り越えるのである。お蘭の父はかつて引っ越し難事業をやり遂げた当藩の家臣であり、その際の事細かな膨大な記録を書き残していたのだ。元祖記録管理士! 元祖アーキビスト! 元祖レコードキーパー! えらい!

 というわけで、本作は図書館映画、アーカイブズ映画なのである。心して見よ。まあ、最後の立ち回りはちょっと余計かな。(Amazonプライムビデオ)

2019
日本 Color 120分
監督:犬童一心
原作:土橋章宏 『引っ越し大名三千里』(ハルキ文庫刊)
脚本:土橋章宏
撮影:江原祥二
出演:星野源高橋一生高畑充希山内圭哉正名僕蔵ピエール瀧富田靖子向井理小澤征悦濱田岳、西村まさ彦、松重豊及川光博

クーデター

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 とある東南アジアの国で起きたクーデターに巻き込まれたアメリカ人駐在員が家族を連れて必死の脱出を試みる、サバイバルアクション映画。

 主役が「エネミーライン」のオーウェン・ウィルソンだからマッチョなパパが孤軍奮闘するのかと思いきや、このパパ、さほど強くもない。で、そのパパ駐在員が赴任してきたときになぜか空港でピアース・ブロスナンと出くわせて、このおちゃらけイギリス人旅行者を見た瞬間に観客は誰もが「あ、(元)007」と思うわけ。なんでこんなところにいるの? やっぱりそうかあ、そうだよね。という展開。

 クーデーターを起こしたアジア人は見境なく人を殺すし、欧米人は特に目の敵。ほとんど悪魔と同義語状態。これ、アジア人蔑視映画じゃないの、ひどいわ!と憤りながら見ていたら、ちゃんと落ちがありました。それでもねぇ。

 絶体絶命のピンチを何度も潜り抜けるサスペンス風味はそれなりに堪能できたこの映画で、強かったのはパパではなくママだったということがわかってスカっとしました、個人的には。(Amazonプライムビデオ)

2015
NO ESCAPE
アメリカ Color 103分
監督:ジョン・エリック・ドゥードル
製作:ドリュー・ドゥードルほか
脚本:ジョン・エリック・ドゥードル、ドリュー・ドゥードル
撮影:レオ・アンスタン
音楽:マルコ・ベルトラミ、バック・サンダース
出演:オーウェン・ウィルソン、レイク・ベル、ピアース・ブロスナンスターリング・ジェリンズ