吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

引っ越し大名!

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 今年5月、星野源新垣結衣と結婚したとかで大騒ぎになっていたその直前に、彼が主演した映画をたまたま見た。テレビを見ないわたしとしてはなんでこの二人の結婚がそんな大きなニュースなのか理解できなかったのだが、さぞや二人が主演したテレビドラマが面白かったんだろう。

 それはともかく、星野源という役者のことはまったく知らなかったので、これが初お目見え。どうもどうも、初めまして(いや実は初めましてではなくて、何作か映画で見ているはずだが全く記憶にない)。それにしても地味な役者だ。あえてそういうキャラに見せているのかもしれないが、主人公の武士片桐春之介は人づきあいが苦手で、書庫にこもって本ばかり読んでいて、普段はぼーっとした顔をしている冴えない男。なんじゃそら、ひと昔前のステレオタイプの司書のイメージそのものではないか! 片桐は書庫番なので、本ばかり読んでいるのだから知識が多いはずだ、それなら藩を挙げての引っ越しという大事業をやり遂げる計画も片桐なら作れるだろう、というのがお偉いさん方の勝手な読みだった。

 それは司書というよりもアーキビストの仕事でしょ、とわたしは思わず画面に突っ込む。つまり、藩の過去の出来事のアーカイブズは書庫の中にあるわけだが、それは記録であって「本」ではないのだ。この映画では図書(書物)と記録文書の区別がついていない。江戸時代には大量の和漢書が出回っていたので、片桐が読んでいたのはその和装本の類のはずだが、彼は同時にアーキビストでもあったので、過去の記録を懸命に探して、お家の一大事に的確な助言を与える。

 さて物語は。時は五代将軍徳川綱吉の治世。徳川家の親戚のはずの姫路藩主松平直矩は、実際に生涯7度も藩替えを命じられた”引っ越し大名”なのである。この物語の時代では何度目かの引っ越しを命じられている。引っ越しは大変な出費を強いられる難事業である。そしてその事業の総責任者を命じられたのが、窓際族というか書庫番の青年片桐だったわけである。彼は文芸書が大好きで書庫に籠って「小説」ばかり読んでいたというのに、大抜擢である。まあ、この時代だから小説とは呼ばないが。

 で、彼が無理やり引っ越し奉行に引き立てられて、高橋一生演じる幼馴染で腕っぷしの強い武士・鷹村源右衛門の推薦で、ともにこの難事業に邁進することになる。ここで現代的な解釈としては、引っ越しに乗じて大量リストラを行うということと、この事業の影の立役者が若き女性である、という点が挙げられる。

 かくしてわれらが情けない主人公は、若く美しく子持ちで実家に戻っているお蘭と共に助け合って、いや、お蘭の知恵を借り尻を叩かれて艱難を乗り越えるのである。お蘭の父はかつて引っ越し難事業をやり遂げた当藩の家臣であり、その際の事細かな膨大な記録を書き残していたのだ。元祖記録管理士! 元祖アーキビスト! 元祖レコードキーパー! えらい!

 というわけで、本作は図書館映画、アーカイブズ映画なのである。心して見よ。まあ、最後の立ち回りはちょっと余計かな。(Amazonプライムビデオ)

2019
日本 Color 120分
監督:犬童一心
原作:土橋章宏 『引っ越し大名三千里』(ハルキ文庫刊)
脚本:土橋章宏
撮影:江原祥二
出演:星野源高橋一生高畑充希山内圭哉正名僕蔵ピエール瀧富田靖子向井理小澤征悦濱田岳、西村まさ彦、松重豊及川光博