12月30日の3本立ての2本目。
これはいかにもヴィム・ベンダースらしい作風だ。東京で一人暮らしをする慎ましい中高年男性の生活が淡々と繰り返されるだけ。それだけ。
主人公の平山(小津安二郎の作品によく登場する人物名)は結婚もせず子どももおらず、アパートに一人で暮らし、公園のトイレを掃除する清掃の仕事に就いている。楽しみは銭湯で一風呂浴びてから地下鉄銀座線浅草地下街の居酒屋で一杯飲むこと。帰宅すれば文庫本などの本を読み、布団を敷いて寝る。朝は早くに起きて歯を磨き、缶コーヒーを自動販売機で購入したあと、自家用車(?)に乗って公園に行く。車内ではお気に入りの懐メロ(この洋楽が懐かしい!)をカセットテープで聞きながらコーヒーを飲む。仕事が終われば神社の境内(だったかな)のベンチに腰掛けて、コンビニのサンドイッチをほおばる。
実に几帳面で無口で機嫌のいい毎日を過ごすこの男の生活の繰り返しが描かれるだけなのだが、この映画はすこぶる評判が良い。繰り返しの中にある小さな変化が見ていて楽しい。東京の公園トイレがこんなにおしゃれでカラフルだったとは初めて知った。あの地下鉄構内の飲み屋に行ってみたい。と思わせる魅力がある。
清掃作業の仲間の若い男はいつもガールズバーの女に振られているのだが、平山はそんな彼を見て微笑んでいる。平山の過去は謎だし、行きつけのスナックのママとの距離感も微妙だ。
何も起きない日常生活なのだが、そんな中にも時々起伏が合って、彼が表情を崩したり泣きそうになったり、という感情のせめぎあいが描かれる場面もある。後半では物語が少し動き始めるのだが、結局のところ何かが変わったとも思えない。
このようにして人はひっそりと年老いていき、やがて消えてゆくのだろう。そう思わせる映画だった。ある程度以上の年齢の人間は泣けるほど感動するかもしれない。まさに完璧な映画とも言える。それだけに、あまりにも研ぎ澄まされたカメラワークや乱れのない演技、リアリティのない生活感にどこかしら不満を感じてしまうわたしは天邪鬼なのかもしれない。東京の街や平山の住居がきれいに撮られすぎていて、ちょっと違うと感じてしまったのだ。わざとらしいと言うか。
ところで、わたしは冒頭に「結婚もせず子どももおらず」と書いたが、その言葉の裏にある価値観そのものが近代家族像を表象するものであり、一つの偏向を示しているということは21世紀の今や自明だと思いたい。
閑話休題。平山はおそらく過去のいきさつから何かを自分に課していて、だからことさらに何もしゃべらず、ほとんど人と口を利かないのだろう。トイレ掃除という仕事に就いているのも訳あり感を醸し出している。このような人間観を現代の人々が是とするならば、この先あまり世の中はよくならないと感じた。つまり、変化を嫌い、人とのコミュニケーションを極力避ける修行僧のような世捨て人のような生活、これをみて感動しているうちは社会は変わらないだろう。でも、いい映画です(どっちやねん)。
2023
日本 / ドイツ Color 124分
監督:ヴィム・ヴェンダース
製作:柳井康治
エグゼクティブプロデューサー:役所広司
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
撮影:フランツ・ラスティグ
出演:役所広司 平山
柄本時生 タカシ
中野有紗 ニコ
アオイヤマダ アヤ
麻生祐未 ケイコ
石川さゆり ママ
田中泯 ホームレス
三浦友和 友山
研ナオコ
あがた森魚
松金よね子
安藤玉恵