吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ペレ 伝説の誕生

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 ペレ本人が製作総指揮をとり、おまけにカメオ出演までしてしまう、ペレのためのペレの映画。
 ペレがいかに貧しい暮らしから這い上がって世界の王者となったのか、9歳から17歳までのたった8年間の「ペレ誕生物語」である。

 わたしのようにさしてサッカーに興味があるわけでない人間が見ても十分面白い。ブラジルのスラムに育ち、仲間たちと裸足でサッカーに興じる少年は、のちに「ペレ」と呼ばれるようになるのだが、その彼が蹴っているボールは正規のものではなく、布を丸めたものだ。いくら才能があってもお金がなければ靴もボールも買えない。父は元プロサッカー選手だったが体を壊して、今は病院のトイレ清掃員だ。極貧生活の彼ら一家は、母も家政婦として働いている。ペレは母の仕事を手伝い、雇い主である金持ちのぼんぼんから侮辱される。父と一緒に病院のトイレで汚物を処分するときも、惨めな気持ちがペレを「ここから這い上がる」という強い決意へと導く。

 本気でサッカーを練習するつもりがなかった少年ペレがやがて、地元少年サッカー大会で金持ちチームに馬鹿にされたことをきっかけに負けず魂を燃やすこととなり、マンゴーの実をボール代わりに父から特訓を受けることになる。まるで「巨人の星」と同じ展開。大リーグボール養成ギプスこそつけていないが、父がプロ選手で身体を壊して引退し、日雇い労働者として貧しい暮らしをしながら息子を鍛えるなんて、星一徹そのものではないか! でもペレのお父さんは卓袱台返しをしません。それにしてもマンゴーを蹴るなんて、もったいない! 食べ物を粗末にしてはいけません。極貧生活なのにマンゴーを食べ物にせず蹴るとは、よほどそのマンゴーが不味いのか安いのかどちらかだろう。わたしはペレと父に蹴られて粉々になり美味しそうな汁を飛ばすマンゴーが気になって気になって、マンゴー食べたいモードが映画の最後まで尾を引いてしまった。あ~、マンゴー食べたい。

 で、そのマンゴー大リーグボール養成特訓の成果か、ペレの才能を発見したスカウトによって彼は16歳でチームサントスのメンバーとなる。ペレの華麗なるキックは「ジンゴ」という黒人奴隷たちの格闘技に由来していたとは知らなかったよ。ジンゴのスタイルを取り入れてバックキックや回し蹴りするスタイルを、当時のブラジル監督は「時代遅れ」として禁じた。これからのサッカーはフォーメーションなのだ! ヨーロッパ方式でいくぞ! ブラジルがW杯で負けたのは新しいスタイルの試合ができなかったからだ! という信念に凝り固まった監督からペレはさんざんに罵倒される。ペレは「自分には〈近代的サッカー〉は無理だ」と思って一度は逃げ出すのだが、スウェーデンで開かれた1958年のワールドカップの試合で先発に抜擢される。ジンゴを禁じられたペレはどのようなゲームを見せるのだろうか。

 結果は世界中の人々が知っているように、ブラジルは見事優勝し、ペレは世界の王者となる。映画の演出は盤石で、スピード感といい、スローモーションも多用した試合場面といい、いずれも軽快なサンバのリズムに乗って意気軒高の物語になっている。この映画を見ればあなたもラティーノ! 気分だけでもラテン。

 いつも私が思うことは、このように素晴らしい才能に恵まれた人が努力によって底辺から這い上がる姿は感動的だが、なんの取り柄もない圧倒的多数の人間はどうしたらいいのか? 普通の人間が最底辺の生活からせめてもう少しましな状態へと進むための、共に手を取り合う社会というのは実現しない夢物語なのだろうか。

 英語で作られたことだけが残念だが、ほかは申し分なく観客を興奮と歓喜に導く作品だ。暑さも忘れて楽しみたい。

PELE: BIRTH OF A LEGEND
107分、アメリカ、2016 
監督: ジェフ・ジンバリスト、マイケル・ジンバリスト、製作総指揮: ペレ
出演: ケヴィン・ヂ・パウラ、ヴィンセント・ドノフリオロドリゴ・サントロ、ディエゴ・ボネータ