吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

奇跡

 日本版「スタンド・バイ・ミー」の趣あり、の映画。でも男女共同参画時代だから、男の子ばっかりではなく女の子たちも活躍するのである。相変わらず是枝さんは子どもに演じさせるのが上手い。余りにも自然な台詞運びに感服して、「これはおそらくちゃんとした脚本はなくて、その場で即興的に子どもたちにしゃべらせているのだろう」と思いながら見ていた。後でパンフレットを読んだら、やはりそのように演出したという。全体のストーリーを出演者に教えず、その場その場でいきなり次の展開の撮影になるため、兄弟が駅で再会するシーンはほんとうに子役たちが驚いて、「あれー、久しぶりっ」という自然な驚きの場面が撮れたという。 

 九州新幹線が開通する日、博多と鹿児島を発車した一番列車が熊本ですれ違う瞬間に願い事をすれば奇跡が叶うという噂を信じて冒険に出る子どもたちのお話だが、史実は九州新幹線の開通日は3月12日。しかし映画ではどう見ても開通の日は秋である。そんな細かいことはこの際気にしないのだろう。だいたいが、全線開業日の前日に東日本大震災が起きたから、予定されていた派手派手しいセレモニーはすべて中止になったのである。映画ではもちろん震災の「し」の字も描かれない。

 この手の映画では子どもたちがいかに生き生きと描かれるかに勝負がかかっている。その点では文句なく素晴らしく、子どもたちは生き生きと動いているし、同時に離婚家庭で離れ離れになった兄弟という暗い設定を吹き飛ばす明るい展開が心を和ませる。「スタンドバイミー」のような少年たちだけの世界を描くのではなく、兄弟の家族を描くことによって祖父母、父母、子ども世代それぞれの持つ思いがよく伝わる。バランスのとれた脚本はさすがに是枝さんだ。脇を固める大人たちが万全の芝居をしていて、是枝組の常連役者がそれぞれ期待通りの演技。天才的な子役の演技とキャラクター、大人たちの安心感溢れる名演という、今の日本映画で望みうる最高の配剤で撮られた映画だ。 

 笑えるようなご都合主義の展開があるのも愛嬌で、大阪の子ども漫才コンビを主役に抜擢した時点で本作の成功は半分以上約束されたようなもの。大人の裏をかこうとする子どもたちの画策も微笑ましく、最初から最後まで安心して笑っていられる映画。JR九州が協賛して作られた映画だけれど、電車が必要以上にしゃしゃり出ないのもよかったか。その分、鉄道マニアには不満が残るかもしれない。


 さて、肝心の奇跡は起きるのでしょうか。それは劇場でのお楽しみ。

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128分、日本、2011
監督・脚本・編集:是枝裕和、エグゼクティブプロデューサー: 弓矢政法、音楽: くるり
出演: 前田航基前田旺志郎、林凌雅、永吉星之介、内田伽羅、橋本環奈、磯邊蓮登、オダギリジョー夏川結衣阿部寛長澤まさみ
原田芳雄、大塚寧々、樹木希林橋爪功