吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

The Son/息子

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 父と息子、孫という3代にわたる葛藤が描かれる、重い映画。ポスターにはヒュー・ジャックマン演じる父親と息子が哄笑している場面が使われているから、明るい結末が予想されるのだが、実際には大変つらい映画だった。

 物語は。高校生ニコラス少年の離婚した父親ピーターは著名な弁護士で、次は政治の中枢への進出を希望しておりその希望が叶おうとしている。今、ニコラスは母ケイトと暮らしているのだが、ケイトが「ニコラスが不登校になり、どうしていいのかわからない。ニコラスを預かってほしい」と元夫ピーターを訪ねるところから映画は始まる。とりあえず息子を元夫に預けることとなり、ケイトはほっとした表情をみせる。母子家庭とはいえそれなりに裕福に暮らしているニコラスとその母なのだが、ニコラスは学校へ行く意味を見出せず、周囲となじめないでいたのだった。

 そんなニコラスが父の再婚後の家庭で一緒に暮らすことになる。この瞬間からなにやら不穏な空気がじわじわと漂い始める。父の再婚相手は若く美しいベスで、赤ん坊を主産して間もなかった。そんな父の家で同居を始めたニコラスだが、またしても不登校になっていたことが発覚する。父ピーターは怒り、ニコラスを問い詰める。やがてニコラスは精神に不調をきたして入院することとなるのだが……。

 裕福なインテリ階級の親子三代にわたる矛盾と葛藤は、ピーターの父であるアンソニー・ホプキンスが登場する場面で頂点を見せる。アンソニー・ホプキンスの出番はほんの一場面なのに、その存在感が画面を圧倒している。その重圧、その威厳、その辛辣さ。愛情よりも上昇志向だけで凝り固まったような男、元上院議員のアンソニー。この場面で、「なるほど、元凶はこのじいさんか」と観客は大いに納得するだろう。厳しい父に育てられ、父のようになりたくないと思っていたピーターは結局のところ、自分が同じような父親になって息子を圧している。そのことに気づいてももはや修正することもできないでいる。

 何回か、伏線が張られて不気味な印象を与えている場面があるのだが、最後にそういうことだったのかと悲痛な思いで納得するのもつらい映画だ。

 ニコラスを演じた新人が不安と焦燥にかられる少年の表情を見せて、素晴らしい演技を披露している。ピーターの後妻ベスを演じるヴァネッサ・カービーが美しくかつ不必要に肌を露出して色っぽい。17歳のニコラスには刺激が強すぎるだろうに。全編にわたってあらゆる場面に不穏な空気をそっと忍ばせる手腕はさすがだ、フロリアン・ゼレール監督。ただし、一か所だけ不自然な演出があったことが気になる。それは最後に近い場面。「次に起きるあることを待っている」と思わせるような無駄に長い0.5秒ほどの沈黙があった。映画ならここはカットするべきなのだが、カットすると流れが途切れるからそのままワンカットで映したかったのだろう。いかにも舞台劇らしい。

2022
THE SON
イギリス / フランス  Color  123分
監督:フロリアン・ゼレール
製作:ジョアンナ・ローリーほか
原作戯曲:フロリアン・ゼレール
脚本:フロリアン・ゼレール、クリストファー・ハンプトン
撮影:ベン・スミサード
音楽:ハンス・ジマー
出演:ヒュー・ジャックマンローラ・ダーンヴァネッサ・カービー、ゼン・マクグラス、ヒュー・クァーシー、アンソニー・ホプキンス