吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

フェイブルマンズ

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 映画ファンでなくともその名を聞いたことはあるはず、という超有名なスピーヴン・スピルバーグ監督の伝記的映画。本人が脚本と監督を務めているのだから、どれほど思い入れが強いか想像に難くない。しかし本作は天才少年が成功する上昇物語ではなく、家族の苦難と愛情と葛藤の、切なくも心躍る物語である。

 後に「ジョーズ」で世界中に知られ、「ET」で世界中の映画ファンを泣き笑いさせ、「ジュラシック・パーク」シリーズで大ヒットを飛ばすことになるスピルバーグ――この映画の中ではサミー・フェイブルマンという――は、5歳の頃に両親に連れられて行った映画館で「地上最大のショウ」を見たことにより映画の魅力に目覚めた。

 技術者の父とピアニストの母というユダヤ人インテリ家庭に育ったサミーは、やがて親から8ミリカメラを与えられ、妹たちを役者に起用して手当たり次第に「作品」を撮りあげていく。サミーの作品が実に素晴らしく、実際の映像が残っているのかと思わせるのだが、本作のために新たに撮り下ろされた「映画内映画」は、古い画質の雰囲気を出すために結構な手間がかけられている。これがまた面白いのだからやはりスピルバーグは天才だったのだろう。いや、実は当時の作品そのままを再現したのではなく、ついついもっと出来の良いものを作ってしまったらしい。

 父親が大きな会社にヘッドハンティングされるたびに、一家は西へ西へと転居していく。まるで西部開拓時代を彷彿とさせるような一家の引っ越しが続く。ついにはカリフォルニアに到着したフェイブルマンの家族は大きな家を買って大喜びしている。ただ一人、母だけが暗い表情をしていた。

 そして、カリフォルニアの高校に転校したサミーは、ユダヤ人ゆえに同級生からいじめられる。1960年代はまだまだユダヤ人差別が激しかったことがわかるエピソードが語られ、サミーの悔しさが観客の胸をえぐる。そんな学校生活だが、サミーの”映画監督”としての腕前は誰もが認めるようになっていた。彼が高校生にしてすでに有能な演出者だったことがわかる場面も感動ものだ。

 また、この映画では母親を演じたミシェル・ウィリアムズが息をのむような演技をみせてくれる。家族のためにコンサートピアニストの夢を諦めた彼女の寂しさや悔しさは、子どもたちへの愛情でも埋めきれなかったのだろう。悲しみに震えるその姿は善き母を期待された1950年代アメリカ社会に生きた女性の悲劇の一つでもある。

 ラストシーンが素晴らしい映画は、とかく印象に残るもの。本作はアクション活劇もなければ宇宙人もやってこないし、戦争も奴隷船も描かれない小さな作品にすぎないが、夢を追いかける少年のひたすらな日々に大きな影響を与えた、とある変人監督が最後に登場する。このシーンは必見の上にも必見。映画万歳!

 ところで、サミーが絶対に誰にも言わないと約束したことをスピルバーグはこの映画でいくつもばらしている。嘘つきめ!(笑)

 アカデミー賞作品賞を本命視されているが、果たして。まあ映画ファンが好きな題材だから、可能性は高い。

2022
THE FABELMANS
アメリカ  Color  151分
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:スティーヴン・スピルバーグトニー・クシュナー
撮影:ヤヌス・カミンスキー
音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:ミシェル・ウィリアムズポール・ダノセス・ローゲン、ガブリエル・ラベル