吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

私のはなし 部落のはなし

 

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一人の学生が、屠場(とじょう)の人々を撮影した「にくのひと」というドキュメンタリー映画を作った。思いのほか評判を呼んで劇場公開にこぎつけるところまで行ったが、部落解放同盟兵庫県連合会の抗議を受けて、作品はお蔵入りとなった。それから10年、かつての学生は部落問題に無理解だった自分を顧みて、今度こそは部落問題についての映画を作りたいと切望してカメラを回し始めた。そして完成したのがこの映画、3時間半の力作として世に出た。

 本作は被差別部落に生まれ育った人々の肉声によって織り上げられていく。八十代の女性から二十歳の青年まで、多くの人々が自身の経験を語る。座談会形式だったり単独インタビューだったりと語り方は様々だが、それらはオーラルヒストリーの手法によって記録されていく。つまり、口述による歴史である。記憶をたどる歴史である以上、そこには間違いや隠蔽が生まれるだろう。言い淀みが何を意味するのか、沈黙の時間が何を意味するのか、それを感じ取れるかどうかは観客の受容力に拠る。

 実在の地名とともに登場するいくつかの被差別部落には今でも人々が暮らしている。今では改良住宅が立ち並ぶその地域で、かつての街並みを語る老人の言葉から観客はその風景を想像する。若いころに受けた差別的言辞や所作を部落の古老たちはよく覚えていて、互いに思い出を語り合う。苦い思い出を。

 当事者たちの語りだけではわかりにくい、歴史的な解説を引き受けるのが黒川みどり教授である。黒川研究室の机の上に小さな黒板が置かれていて、黒川が板書していくその言葉が、部落差別の起源や歴史をわかりやすく説明してくれる。

 ここに登場するのは多彩な人々だ。「全国部落調査」を復刻して解放同盟に訴えられたユーチューバー、差別と闘い続けた老女、被差別部落の人々と付き合いながらも内心では差別していると告白する女性、ネットにあふれる差別的書き込みを読み上げるナレーター、彼らの声がハーモニーを醸し出し、ある時は不協和音となって観客の心に響く。この多声性が本作の魅力であろう。

 さらに、突如として「記録」が登場することが意義深い。それは京都市東九条地区を撮影した1968年の8ミリフィルムである。酸化が進んでもはや上映できないほど劣化したフィルムを修復する場面がわざわざ挿入される意味は大きい。私は記録をアーカイブする人間の一人として、この貴重な映像を全編見てみたいと強く願う。この8ミリフィルムを救い出したことも本作の功績だ。

 最後に、思春期時代の語り合いからすくい取られた、「痛み」を分かち合う「声」が未来に向けて発せられたことを観客が知るとき、まさに過去は前未来形で語られていると実感するだろう。この感動はぜひ映画館で味わってほしい。

2022
日本  Color  205分
監督:満若勇咲
プロデューサー:大島新
撮影:辻智彦
編集:前嶌健治
音楽:MONO