吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

コレクティブ 国家の嘘

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2021年10月鑑賞。

 この映画はドキュメンタリーであることが信じられないほどにドラマティックに仕上がっているのが驚きの一作である。タイトルの「コレクティブ」は2015年に火災が起きたライブハウスの名称。映画の冒頭で、このライブハウスで行われているライブの模様が映り、気が付けばステージ横から発火していて、あっという間に火災が広がる様子がおそらくスマホで撮ったであろう粗い映像で映しだされる。実際の現場にいた聴衆の記録なのだろう。この衝撃的な映像から始まり、全編にわたって記録映像のすべてに解説が付かない。

 この火災が大きな社会問題となり政権を揺るがせるまでになった過程が、これでもかとばかりにえぐられていく様に圧倒される。火災で亡くなったり火傷を負ったのはほとんどが二十~三十代の若者であり、その数は死者27名、負傷者180名に及ぶ。しかし問題はこの後、入院中の患者が次々と亡くなり、ついには死者64名に達したことだ。その原因は消毒薬が薄められていたため感染症が引き起こされたことにある。薄い消毒薬を納品したのはどの製薬会社なのか? なぜそのような法令違反がまかり通っていたのか? 

 真相究明に乗り出したのはなんと、スポーツ紙の記者だった。ルーマニア政治記者や社会部記者はいったい何をしていたのかと不思議に思うが、それはともあれカメラはスポーツ紙記者を追う。そこからはあれよあれよという間に産官の癒着構造と汚職が明らかにされ、ついに内閣辞職に至る。そして新たに着任した若き保健相はやる気満々で、執務室の中まで入り込んでいるカメラの前で様々な改革の手を打つ。

 なぜここまでの密着取材が可能になったのかと驚きを禁じ得ない映像が次々と現れる。アレクサンダー・ナナウ監督がいかに被写体に信頼されているかの証左であろう。そして、ひたすら観察するだけのカメラは、一切のナレーションもインタビューも加えない。ワイズマン監督の手法と同じだ。

 被害者の実態にも迫り、蛆が湧く患部が映し出されたり、火事で指を失った29歳の建築家がカメラの前でそれでも希望を失わないと語る尊い姿も感動を呼ぶ。息子を失った両親は訴訟を起こし、国や病院、製薬会社の責任を追及している。

 映画の終わり方は決して明るい未来を予兆していない。現に、この映画のあと、ルーマニアでは排外主義を唱える極右政党が躍進しており、コロナ禍で保健相は辞職させられたという(劇場用パンフレット掲載の済藤鉄腸のコラムより)。

 この驚くべきドキュメンタリーは必見のうえにも必見だ。翻って我が国でここまでジャーナリズムが権力の腐敗を暴き、政治を動かすことが可能だろうか、と暗澹たる気持ちにも襲われる。

 2019
COLECTIV
ルーマニアルクセンブルク / ドイツ  Color  109分
監督:アレクサンダー・ナナウ
製作:アレクサンダー・ナナウ、ビアンカ・オアナ
撮影:アレクサンダー・ナナウ
音楽:キャン・バヤニ