吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

ハイゼ家 百年

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 「全ての歴史は、個人に宿る」という惹句に納得の3時間38分である。祖父から始まり、父、本人、と続くハイゼ家100年間の歴史を、残された手紙、日記、写真からたどる。トーマス・ハイゼ監督自らがそれを淡々と読みあげていくだけの映画なのに、目が離せない。さらに私物だけではなく、そこに公文書のアーカイブズが加わり、ドイツ100年の苦難の歴史が驚くばかりに浮かび上がってくるのだ。

 これらの遺品が語るのは男たちの歴史だけではない。ユダヤ人であった祖母の家族の手紙からは、緊迫のホロコーストの日々がじわじわと伝わる。奔放な恋に生きた母の恋人からの手紙を読めば、その青春の日々がよみがえる。それは戦後東西ドイツ分断の歴史でもあった。その母と結婚した父は東ドイツ当局から大学教授の地位を追われ、一家は秘密警察シュタージに監視される日々を送る。

 さらに、1955年に東ドイツで生まれた監督トーマスはその作品の上映を禁止され、ベルリンの壁崩壊まで5本のドキュメンタリーは日の目を見ることがなかった。

 そういった、3世代の歴史の概略を知るだけでも、この一家がドイツ現代史をそのまま具現化するような日々を送ったことがわかるだろう。祖父の代からのインテリ一家であることもその特徴を際立たせる。

 映画は5章から成る。全編にわたり、ひたすら監督の低音のナレーションが聞こえてくるだけ。その声の背景に写る映像はモノクロの、森や田園や鉄道や廃墟や雨粒やワニ(!)。過去に監督が撮影した映像をコラージュしたものだという。読み上げられている手紙や日記の内容に関係があるのかないのか不明な印象風景が広がる。しかしよく見ればそれは詩のような美しい映像であり、実はよく選びぬかれたものが使われていることに気づく。一家の家系図などのわかりやすい説明は一切省かれているので、まずはドイツ現代史のアウトラインだけでも知っていないと、いったい何が起きているのか観客には理解できないだろう。

 映画の中で読み上げられる母の日記には、第2次世界大戦下のドレスデン空爆の悲惨な状況も書かれている。映画の雰囲気からも、アラン・レネの「二十四時間の情事」が思い出さされた。ほかにも、戦後の東西ドイツの往復のくだりでは「僕たちは希望という名の列車に乗った」を、シュタージの監視下に置かれる一家の様子からは「善き人のためのソナタ」を、といった名作映画を想起させる。

 圧巻は、祖母へあてたその家族からの手紙である。日を追うごとに強制収容の危険が迫っていることがわかる、恐怖と緊張に満ちたものだ。しかもその手紙を朗読する声とともに流れる映像は膨大な人名のリスト。それは強制収容所へと送られたユダヤ人の名簿なのだ。そのミドルネームのほとんどがSaraかIsraelであることが目に付く。これはユダヤ人を明確に識別するために、ユダヤ風ではない名前を持つ女にSara、男にはIsraelを付加することを法律で強制したことによる、ということを映画を見終わってから知った。

 この映画を見るだけではわからない様々な事象を後から調べてみたいという気持ちを起こさせる点でも、学習意欲を掻き立てる良い素材と言えよう。第69回ベルリン国際映画祭カリガリ賞受賞。218分を耐えるだけの価値はある。

2019
HEIMAT IST EIN RAUM AUS ZEIT
ドイツ / オーストリア Color 218
監督:トーマス・ハイゼ
製作:ハイノ・デカート
脚本:トーマス・ハイゼ
撮影:シュテファン・ノイベルガー