吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

華麗なるアリバイ

 アガサ・クリスティの原作を現代フランスに置き換えて。


 郊外にある上院議員の豪邸に親戚や知人が集まったある週末、1人が殺される。やがて第2の殺人事件が。事件の背後には精神科医とその妻と愛人たちをめぐる愛憎が渦巻いていた…。
 

 渋い中年精神科医はさほど色男にも見えないのに、なぜか女にはもてまくり。そして、愛人愛人愛人、という設定はいかにもおフランス(原作はイギリスですが)。豪邸に集まった男女は9人。この9人の群像劇であるのだが、その処理がうまくない。9人の人間関係がさっぱりつかめないままに物語は進む。最後に近くなってようやく人間関係がつかめたが、これがもっとうまく枝葉末節にかかわる部分でおしゃれな台詞があればよかったのに。しかし、枝葉末節を刈り取ったからこそ93分という短さで撮りあげたともいえる。飽きる間もなく物語はスイスイと進んだのだから、良し悪しの判断が難しい。理想をいえば、9人のキャラクターを生かしたおしゃれな台詞をちりばめて、なおかつサスペンスを駆動してくれれば、と思う。


 凄惨な殺人事件の現場が広大な庭と森に囲まれた豪邸なものだから、あまり血なまぐさくない。プールも付いている豪華な屋敷で豪勢な料理が振舞われ、そういった日常生活を離れたお話として観客は物語を楽しむことができる。怪しい男と女は何人もいて、しかも誰が犯人か杳(よう)として知れず、最後はサスペンスに満ちたあっと驚く展開へ。



 物語の中心人物が精神科医であり、自身の夢をメモに書き付けるというあたりが、いかにもフロイト的。アルコール依存症の作家が登場して(彼も被疑者の一人)、自分の行動を記憶していないというあたりもフロイト的な臭いがぷんぷん。しかし、このエピソードをもっと掘り下げて面白く展開させるかというとさにあらず。記憶障害が「治った」という老女のエピソードはもっと面白くなりそうなのに、全然膨らませられない。このあたりがこの映画に対するわたしの不満だ。



 とにかくすべてが消化不良で中途半端にもかかわらず面白く見られた、というのは、よっぽど原作がよいのだろう。謎解きよりも、一人の男をめぐる女たちの愛憎劇に重点を置いているからそこにそそられるのかもしれない。

 アラン・レネ二十四時間の情事」のヒロイン、エマニュエル・リヴァが82歳の記憶障害の患者として登場していたのにはびっくり! 老いてもそれなりに美しいのはさらにびっくり。

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LE GRAND ALIBI
93分、フランス、2007
監督: パスカル・ボニゼール、製作: サイド・ベン・サイド、原作: アガサ・クリスティ『ホロー荘の殺人』、脚本: パスカル・ボニゼール、ジェローム・ボジュール、音楽: アレクセイ・アイグイ
出演: ミュウ=ミュウ、ランベール・ウィルソン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ピエール・アルディティ、アンヌ・コンシニ、マチュー・ドゥミ、カテリーナ・ムリーノ、エマニュエル・リヴァ、セリーヌ・サレット、アガト・ボニゼール