吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

世界で一番ゴッホを描いた男

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 こんな商売があったとは驚きだ。中国広東省大芬(ダーフェン)は、世界最大の“油画村”と呼ばれ、複製画を描いて海外輸出する業者が多数存在するらしい。業者といっても家族経営みたいなもので、小さな工房で5人ぐらいの画工が油絵の筆を揮っている。天井から何十枚も複製画がぶら下がっているところで男たちは半裸で絵を描き、そこで食事し、そこで眠る。油絵具の臭いが気になって眠れるのだろうかと心配になるが、きっと慣れているから平気なのだろう。でも身体に悪そうだ。

 このドキュメンタリーの主人公は複製画一筋に20年もゴッホの絵を描き続けてきた趙小勇(チャオ・シャオヨン)。いまでは従業員を何人も雇っているようだが、決して裕福ではなく、従業員たちとさほど変わらない生活レベルのようだ。彼はゴッホを愛してやまないが、本物を見たことが一度もない。いつも絵葉書や写真を見て真似ているだけなのだ。しかしその筆さばきの速さは半端ないし、腕も確かなので、あれだけ描けるなら自分の作品を描いてみたらどうかと思うのだが。

 さてそのチャオは自分の絵を注文してくるオランダの業者の仲介で、長年夢見ていた本物のゴッホの絵を見に行く機会を得ることができた。金がかかると渋る妻を説得し、仲間たちといざオランダ、アムステルダム国立美術館へ! あれほど憧れた本物の絵を見て衝撃を受けるチャオ。「全然違う…! 色が違う…!」つぶやきながら絶望感に打ちひしがれる。自分は今まで何を描いてきたのだろう。そして美術館近くの土産物屋で売られていた自分の複製画を見てさらにショックを受ける。

 ゴッホをたどる旅の足は南仏アルルへも延び、ゴッホの墓参りも済ませた。この旅の途中で仲間たちと、本物と複製との差をまざまざと見せつけられて受けた衝撃を語り合う。そして帰国後、チャオはオリジナル作品を描き始めるのだった…。

 あまりにも強いゴッホへの熱愛が伝わり、胸が熱くなるようなドキュメンタリーだ。とても面白いのだが、面白いだけに作り物めいた匂いがして馴染めないものを私は感じてしまった。オランダ行については同時進行の記録ではなく、ドキュメンタリー制作者たちが段取りをつけたのではないのか。オランダへ行くということが決まってからカメラを回し始めたように思えるのだ。まあしかしたとえそうであっても、この映画がとても興味深く、このような産業が存在することに驚嘆し、中国という国の奥深さをも思い知らされた。中学校しかでていないチャオが出稼ぎで大芬(ダーフェン)にやってきて、独学で絵を描き始め、やがて弟子を持つようになった現在、それなりに一家の生活ができるようになった今こそ、芸術と職人芸とのはざまで葛藤するようになったと言えるだろう。

 世界資本主義のシステム恐るべし、という映画でもあった。(Amazonプライムビデオ)

2016
中国梵高
CHINA'S VAN GOGHS
中国 / オランダ  Color  84分
監督:ユー・ハイボー、キキ・ティアンキ・ユー
製作:キキ・ティアンキ・ユー
撮影:ユー・ハイボー
出演:チャオ・シャオヨン