吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

模造だっていいじゃない! 大塚国際美術館

 今年の夏休みは、8月29日に一泊二日で鳴門へ行っただけだった。夫が二週間の海外研修へ出かけたため、長期の休みがとれず、家族旅行は近場へ一泊だけという貧相なものになってしまった。それでも大塚国際美術館へ行ったので、満足。わたしの周辺でいたって評判のよい大塚国際美術館。ぜひ見に行きたいとずっと思っていた。鳴門まで高い通行料を払って車で出かけるのもなんのその。それにしても橋を渡るのになんであんなに金がかかるんだろう? 日本の道路行政はどうなっているのやら?

 さて、大塚国際美術館は、日本最大の常設展示スペース(延床面積29,412平米)を有する「陶板名画美術館」である。世界中(といっても西洋)から、壁画や絵画を選りすぐり、陶板に焼き付けて複製したものを展示している。だから複製品ばかりが並んでいるわけだ。複製たって、そんじょそこらの模造品じゃない。イタリアのシスティナ礼拝堂なんて、まんまを再現してしまっているから、かのミケランジェロの大壁画と天井画を原寸大で堪能できる。ミケランジェロは天井画を描く為に梯子で足場を組み、背中をのけぞらせて独りでこつこつと筆を走らせたそうだ。昔の人は体力があったんやねぇ。それで腰痛持ちになったら労災申請できるんやろかとか、ヘルニアにならへんのかなとか、余計なことばかり考えてしまう。

 映画も大スクリーンで観てこそなんぼのもん。絵も原寸大で見てこそ。そりゃー、ほんまもんをヨーロッパ各地で見てきた人には興ざめかもしれないが、日本に居ながらにして古今東西(いや、正確には東がない)の絵をながめられるなんて、大感動ものだ。キャンバスに描かれた絵なら、まだ展覧会で見ることも可能だが、壁画や天井画はまさか本物を剥がしてくるわけにはいかないから、こうして、模造品を原寸大で楽しむのが一番。
 入館して最初にこのシスティナ礼拝堂を見て圧倒され、あとはもうただひたすら「すごい! すごい!」とボキャ貧の世界に埋没する。ただ一つだけ気になるのは、陶板の継ぎ目。これさえなければ完璧といってもいいような複製なのだ。壁画に至っては、原物のひび割れ・剥がれまで忠実に再現しているし、小石のモザイク画は、その質感をそのままに再現している。相当手の凝ったこの作業をした職人に会ってみたいと思う。これ自体が充分、芸術品ではないか。
 ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」があんなに大きな壁画だとは知らなかった。ほかにも、画集でしか見たことのない絵の数々を原寸大で壁一杯に展示されると、すっかりその世界に浸りきってしまう。こうなると、かの名画「モナ・リザ」なんざ影の薄いこと。

 大量の壁画、それも宗教画を見て実感したことは、こうした絵を教会で見上げながら育ったキリスト教徒は神性というものを体感し内面化することができたのだろうということ。やはり器は大事だ。信仰心も入れ物から。教会でステンドグラスから差し込む光に天国を感じ、天井から見下ろすキリストの姿に神の抱擁を実感することによって、宗教的恍惚の世界に没入することができる。あ、そういえば日本にだってあるやんか、奈良の大仏さん。あれはでかいで。でもあの姿を見てもわたしは仏のありがたさを実感することはあまりないのだ。むしろ、半眼を見ていると眠くなる。どういうこっちゃ。

 全部で1000点以上の絵を、1枚1分で見たとしてもすべて観るのに17時間かかるという。とうてい一日では無理だ。一日目、一人で4時間見たが、足がだるくなって疲れたこと、疲れたこと。二日目、今度は夫と次男を連れて見たが、次男はシスティナ礼拝堂には感動したものの、あとが続かず、2時間で退館してしまった。残念無念! 古代から順に時代を追って観ていたが、結局二日かかりでも現代まで行きつくことなく終わってしまった。
 近代になるにつれ、キャンバス画の複製が増え、絵の枚数が増えてくる。そうなると、壁中が有名な名画だらけになって少々食傷気味になる。こってりとしたフランス料理のあとでハーゲンダッツの巨大カップアイスクリームを食べたような気分。クリムトのテカテカの絵が3枚並んでいる隣にシーレの「死と乙女」「家族」がある様子を想像してみてほしい。これはたいがい疲れてくるというもの。ほっと一息つける小品があるとありがたい。

 あ、そうそう、大事なことを忘れていた。この大塚国際美術館を作ったのはボンカレーでおなじみの大塚製薬社長なのだ。だから、美術館の土産物売り場にはボンカレーが並んでいる。自動販売機にはポカリスエットが! この大きな美術館を建設・維持するのにいったい何万食のボンカレーを食べなければいけなかったんだろう。次男が目を丸くしながら何度も何度も質問していた。「なあなあ、ここ建てるのにいくらかかったん? 何億? 何十億? いくら、いくら?」。彼は何かというとすぐ金に換算したがる。ほんまに大阪の子やねぇ。小銭にうるさいし。チマチマと小金を貯めたがるし。

 というわけで、入館料3000円は絶対に高くない! また行こうっと。