吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

レ・ミゼラブル

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 2020年4月に劇場鑑賞。2021年2月25日DVDで再見。

 映画はサッカー・ワールドカップでのフランスの優勝を熱狂的に祝う人々がびっしりと街頭を埋める、圧巻のシャンゼリゼ通りから始まる。狂喜乱舞する人々の顔、顔、顔。アフリカ出身者や西アジアからの移民がなんと多いことか! 彼らは「フランス頑張れ!」「フランス万歳!」と三色旗を振りながら叫ぶ。だが、そのフランスは彼らを国民として受け入れているのだろうか?

 2020年一番の衝撃作だった。あまりの衝撃に、映画館を出たときには言葉を失っていた。そして年が明けてDVDがリリースされたので再見してみた。さすがにラストを知っているだけにやや冷静に見ることができたが、さりとて出口なしの状態に変わりはないのだ。

 パリ郊外の移民地区モンフェルメイユで繰り広げられる暴力と憎悪の連鎖が生む悲劇を、はたして事前に止めることができるのだろうか。差し迫る現実にリアルに共鳴する緊迫感が観客に崖っぷちの問いを突き付けるようなラストシーンには言葉を失う。映画を娯楽として消費することを許さない厳しさがこの作品には屹立しているのだ。

 映画のタイトル「レ・ミゼラブル」はビクトル・ユゴーの小説から採られている。ユゴーが描いたのは19世紀のモンフェルメイユであった。パリ東部郊外のその地は今や、移民や貧困層の集住地区となっている荒れた土地となり、「ふつうのフランス人」が近づくのを嫌がるような場所となってしまっていると、フランス在住の愚息Y太郎が言っていた。

 そんな場所に新たに赴任してきた中年の白人警官ステファンが主人公である。ステファンと組むのはこの地区出身の若き黒人警官グワダと、チーム長の白人クリスである。3人組の役割分担や性格描写が典型的といえば典型的でわかりやすく、だからこの映画の構造もわかりやすい。さらに言えば、実はそのわかりやすさが曲者で、特段に悪意のある人間ばかりでもないこの世の中で、しかし物事は悪いほうへ悪いほうへとねじれていくものだということを、この映画は皮肉にも的確に描いている。

 モンフェルメイユの町には非公式の権力構造がある。それは、黒人暴力団一派と、敬虔な黒人ムスリム、そしてロマ、という三つ巴のエスニック・コミュニティから成り、微妙な均衡を保っている。そこにさらに警官がからみ、警官としては何事もなく大きな事件が起きなければそれで良し、なのだ。

 しかし非公式な権力構造と警官の馴れ合いに馴染めない新参者のステファンは正義感を抑えることができない。一人の黒人少年がロマの人々のサーカス団からライオンの赤ちゃんを盗んだという些細な事件をきっかけに、大騒動へと転がっていくスリリングな脚本にはうなるしかない。さすがにこの町出身のラジ・リ監督が作った作品だ。この映画に描かれていることはフィクションだが、リアルな状況を反映しているという。

 最近ラジ・リ監督がヤクザな人々との闇商売にかかわった廉(かど)で逮捕されたとYが言っていた。リアルタイムで進行するフランスの状況はまったく他人事ではない。わたしたちも身近なところにある貧困と犯罪の連鎖に目をつぶっていられるような状況ではないはずだ。

2019
LES MISERABLES
フランス  Color  104分 
監督:ラジ・リ
製作:
トゥフィク・アヤディ、クリストフ・バラル
脚本:
ラジ・リ、ジョルダーノ・ジェデルリーニ、アレクシ・マナンティ
撮影:
ジュリアン・プパール
音楽:
ピンク・ノイズ
出演:
ダミアン・ボナール、アレクシ・マナンティ、ジブリル・ゾンガ、ジャンヌ・バリバール