吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

エセルとアーネスト ふたりの物語

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 イギリスの絵本作家レイモンド・ブリッグズが自らの両親を描いた絵本を原作とするアニメ。ブリッグズの原作そのままの筆致が素朴で美しい、驚くべき手描きアニメの世界にうっとりする。

 1928年、ブリッグズの両親、メイドのエセルと年下の牛乳配達人アーネストが出会った。2年後に結婚した二人はさらに3年後、念願の一人息子レイモンドを授かる。それから1971年に二人が亡くなるまでを淡々と描いた家族の物語。

 巻頭にレイモンド・ブリッグズ本人が登場して絵を描いているシーンが映る。「ママとパパは普通の人だった。人生も普通だった」と語る通り、なにも特別なことが起きるわけではないが、戦争を挟んだその40年の夫婦生活は普通に生きることそのものが苦労の連続だったに違いない。しかし彼らはそれを苦労と思わずに生きてきたのだろう。

 二人は懸命に働いた。少しでも広い家へ、少しでも便利な生活へ。誰もが憧れた、洗濯機や冷蔵庫のある生活のために毎日一生懸命働いた。ロンドン空襲での恐怖や疎開していく幼い息子への思いなど、身を切るようなつらさも味わった。期待した息子が自分たちの望みとは違う途を進み、自分たちが望むような結婚をしなかった。

 新しく便利な道具が家に登場するたびに驚きはしゃぐ二人の様子はまるでアニメ版「ALWAYS 三丁目の夕日」。しかし日本のノスタルジー映画と根本的に違うのは、イギリスの普通の夫婦の会話にはそれぞれが支持する政党名が登場し、それが労働党と保守党なので二人は「言い合い」になるのだ。その言い合いすらがユーモラスで微笑ましい。日本の映画には見事に政治への無関心が感じられるが、イギリスではさりげなく政治が語られている。そして、階級意識がまた興味深い。どう見ても二人は労働者階級なのに、エセルはそれが許せない。アーネストが長靴を履いているのを見て「まあ、長靴なんて履いて! 労働者階級みたいだわ」と眉を顰める。なんだか可笑しい。

 わたしは動く手描きアニメと細部の緻密さに引き込まれ、エセルとアーネストが愛し合いながら共に年老いていく様子に微笑ましくも切ないものを感じ、気が付けば最後には涙していた。わたし自身の来し方行く末を思うと同時に両親のことを思い出し、激動の時代に生きた平凡な人生の豊かさと哀しさに感動したのだ。

 誰もが老いてゆく。この原作絵本を描いたレイモンド・ブリッグズも既に両親が亡くなった年齢を超えてしまった。こんな風に自分の両親を描くことのできるブリッグズは幸せだ。ここには、幸せとは何か、生きるとはどういうことかを観客に静かに見つめさせる力がある。今年必見のアニメ。

2016
ETHEL & ERNEST
94分
イギリス/ルクセンブルク

監督:ロジャー・メインウッド
アニメーション監督:ピーター・ドッド
原作:レイモンド・ブリッグズ『エセルとアーネスト ふたりの物語』(バベルプレス刊)
音楽:カール・デイヴィス
エンディング曲:ポール・マッカートニー
声の出演:ブレンダ・ブレシン、ジム・ブロードベントルーク・トレッダウェイ、レイモンド・ブリッグズ