吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ボーダー 二つの世界

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 今年一番の衝撃作。あまりにも精神的負荷が高かったのですっかり緊張して固まってしまいましたよ。この映画に関しては一切の事前情報なしで見ることをお勧めします。
 とか言いながら簡単にあらすじだけ書いてみると。。。
 主人公の中年女性ティーナは特別な嗅覚を持ち、犯罪を見抜くことができる特殊能力を買われて税関で働いている。しかし彼女は人間離れした容貌の持ち主でその醜い姿のために孤独に日々を過ごしていた。同棲相手はいるが、彼とは心も体も通わせることがなかった。そんなある日、怪しい人間が税関を通った。彼女はその男を呼び止めるが、持ち物に虫を飼う箱があったぐらいのことでそれ以外に不審な点はなかった。その後もその男はティーナの前に現れた。心なしかティーナによく似た面差しの彼は、ティーナと同じく雷に打たれた経験を持っていた。やがてティーナはその男ヴォーレを自宅の離れに住まわせることとなる。。。。
 物語はファンタジーのようなサスペンスのような雰囲気を醸し出しつつ、ティーナとヴォーレの不思議な外見に不気味で不吉な予感を増長させていく。
 ボーダーとは国境線を指すと同時に、男女や人種の境界も指す。ボーダーのあわいが曖昧になり、融合し、やがて不思議な恋愛が成立し、あっと驚く性交が行われる。わたしはいまだかつてこれほど恐ろしくも衝撃的なセックスシーンを見たことがない。
 あらゆる意味でボーダーを消し去りかつボーダーの歪みを体験させられる恐るべき映画。カンヌ映画祭「ある視点」部門グランプリ受賞、そしてアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞にもノミネートされた特殊メイクの力が光る。
 わたしたちは「ふつうであること」という強迫観念にとらわれているのかもしれない。異形であること、普通でないこと、反転していること、忌み嫌われていること、おぞましいこと。これらのことをはたしてふつうの人間が正視凝視できるのだろうか。観客の感覚を断裂させ、挑発する、そういう意味では極めて映画的な体験ができる作品だ。
2018
GRANS

110分、スウェーデンデンマーク

監督:アリ・アッバシ
原作:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
脚本:アリ・アッバシ、イサベラ・エクルーフ、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
撮影:ナディーム・カールセン
音楽:クリストファー・ベリ、マーティン・ディルコフ
出演:エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ、ステーン・リュングレン、ヨルゲン・トゥーソン、アン・ペトレン、シェル・ウィレルムセン