劇中劇として語られる、「他人が書いた原稿を使って立身出世した新人小説家」という設定がそもそも原作小説があるように思われるのだが、この映画ではその劇中劇たる小説も全部映画内で処理する。そこがすごいと思わせる。もちろん、それがすごいことだと分かる鑑賞者によってのみ理解されるような造りなので、この映画はそもそも大衆受けを狙っていない。
そして、その劇中劇の二重構造(実は三重構造)にこそ罠があって、最終的に、つまりメタレベルの最上段において物語総てを左右しているようなデニス・クエイドの立場がほんとうにこの映画物語内において完結できているのかどうかが謎として残る。
そもそもデニス・クエイドの前に現れる謎の美女は誰なのか? なんのために登場したのか? 彼女は盗作作家としてのデニス・クエイドを懲罰するために現れたのではなかったのか? そうでないならば、なんのために存在するのか。この映画は失敗作だと思う。非常に面白い試みをしているのに、盗作作家が実のところ「誰なのか」を提示するために置いたヒントが矛盾しているために結果の謎解きが破綻している。
しかし、合わせ鏡のようにどこまで続く「だれが犯人なのか」を当てるための永遠に終わらないような問いを残したところは実に憎い。
それともう一つ、ブラッドリー・クーパー扮する若き作家は自分の過ちを出版社の編集部に告白した。にも拘わらず、彼は誰にも罰を受けることなく成功の道を歩んだことになるはずだ。観客はブラッドリー・クーパーと、彼が主人公となる小説を書いた作家デニス・クエイドを、同一人物だと思って見ているわけだが、そこにも罠があるのかもしれない。
幾重にも張り巡らされた謎が観客の心をそそるが、しかし謎が解けたからといって「だから、なに?」という点が否めない。(Amazonプライムビデオ)
(2012)
THE WORDS製作:ジム・ヤングほか脚本:ブライアン・クラグマン、リー・スターンサール撮影:アントニオ・カルヴァッシュ音楽:マーセロ・ザーヴォス