吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

ドント・ウォーリー

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 今となっては「政治的に正しくない」と批判されそうな風刺漫画を1980年代から描いていた漫画家、ジョン・キャラハンについて知っている日本人は少ないだろう。彼の作品を見ると、どこかで見たことのある懐かしさがこみあげてくる。ヘタウマと言えばいいのか、不自由な手で描かれたその線は歪み、人物の目玉は飛び出していたりするが、ブラックジョークを通り越したような差別ネタやきわどい風刺で時に物議をかもしたその絵は、多くのファンを生んだと共に多くの怒りを呼んだ。
 ジョン・キャラハンは21歳の時に自動車事故で四肢麻痺となり、車椅子生活を余儀なくされる。酒浸りだった彼は27歳で禁酒会に通うようになり、禁酒に成功する。そんなジョンの自伝を基にした物語は、彼の回想によって「自分の足で歩いた最後の日」のことが語られる。
 主人公を演じるホアキン・フェニックスは登場した時からずっと中年の小太り親父にしか見えなくて、事故当時の21歳の若々しさがないのがつらいところだが、絶望にかられて荒れるジョン、恋して嬉しそうに輝くジョン、そして漫画の才能に目覚めて自信をつけていくジョンを好演している。
 事故の前から酒浸りだった彼は実母に捨てられたという苦い記憶にさいなまれていて、母を憎みながらも母を懸命に求めている。ジョンの妄想や回想やアニメが画面に彩と動きを添えていく。しかし、事故後のリハビリや日常生活の介護の様子などは陰鬱な描写が続き、観客をつらい思いにさせるだろう。
 そんな彼が人生の転機を迎えることになったのは、禁酒会を主催する金持ちサポーター、ドニーとの出会いがあったからだ。ドニーは時に辛辣に時に優しく、そして常に静かに温かくジョンを導いていく。このジョンを演じたジョナ・ヒルは大変いい役をもらったものだ。
 そしてもう一人、ジョンの人生を明るく変えてくれたのがアヌーという美女。実際にジョンと付き合いのあった複数の女性たちのキャラクターを合体させたというアヌーはセラピストだったかと思うと次に再会するときには客室乗務員になっているという不思議な女性だ。彼女とともに車椅子で街を駆けるシーンの爽快感はこの映画の見どころの一つ。
 ラストに、彼の人生をどん底に突き落とした人々との邂逅が待っている。そこに至るまでのジョンの葛藤と和解を導いたものは何か。内なる声に耳を澄ませるジョンの内省は深い感動を呼ぶ。どんな境遇になっても大丈夫、「心配しないで」というタイトルの意味をかみしめる瞬間だ。
 ただし、実話が基になっているだけあって描写はわりと淡々としており、割と好みが分かれそうな作品である。