吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

スターリンの葬送狂騒曲

 これほど面白い政治劇も珍しい。笑えない場面ばかりなのに可笑しくってしょうがない。芸達者なベテラン俳優を揃えて、彼らが真面目に演じれば演じるほど見ているほうは耐えられないぐらい可笑しいって、そんな映画、ありですか。ありです! 間違いなくここ10年で群を抜いて面白い社会派風刺劇。

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 スターリンが急死したのは1953年3月5日のこと。実際にはその4日前に脳卒中で倒れ、危篤状態が続いていた。まずは倒れているスターリンが発見される場面からして、お笑いである。警備兵たちはスターリンが朝になっても部屋から出てこないのを不審に思ったが、起こしに行って激しい叱責を買うのを恐れ、そのまま放置していた。さすがにこれは変だということになって午後、寝室に入った彼らと政府高官はスターリンが失禁して意識不明で床に倒れているのを発見する。「これは大変だ」と大騒ぎするかと思えばさにあらず。共産党幹部たちは憮然とスターリンを眺めて、半分遺体となっているも同然のその体をいやいやベッドへと運び、「臭いな」と文句を言う。
 そのあとは医者が呼ばれることになるのだが、優秀な医者は粛清されてヤブ医者しか残っていない。こういうセリフがいちいちツボった。しかもそれがほぼ史実である点が恐ろしい。そのあとはお決まりの権力闘争が始まる。マレンコフ、フルシチョフ、ベリヤの争闘が見ものである。1956年の第20回党大会で正式にスターリンは批判されることになるのだが、その時にスターリン批判の演説を行うこととなるフルシチョフにしても、当の本人が「スターリンの子ども」よろしく、政敵の粛清に走る。
 この後のどたばた劇が非常にまじめに描かれ、しかもすべてが粛清の恐怖を引きずったセリフばかりで、細部に至るまでどす黒く面白すぎる。
 抜群の存在感があったのがベリヤを演じたサイモン・ラッセル・ビール。フルシチョフとベリヤの争いが強烈すぎて笑いも凍り付いた。人非人ベリヤの権力欲、残虐性、猜疑心を思い切りいやらしく演じて喝采である。そこにからんでくる最高司令官ジューコフ陸軍元帥なんてヤクザの親分にしか見えない。
 映画にただ一点の花を添えていたのが女性ピアニストのマリヤ。オルガ・キュルレンコが美しかったですねぇ。しかも、男たちが誰も彼も権力にこびへつらい、権力欲をむき出しにするのに対して、若く美しいピアニストのマリヤはスターリンに堂々と批判のメモを贈りつける勇気を持っている。 
 笑いながら見終わって、思わず考えさせられる作品。こういう映画をいつまで笑って見ていられるのだろう? 世界は再びこのような独裁国家同士の争闘へと進んでいるのではないのか。ポピュリズムが跋扈する日本だって今に。。。

 ちなみに、わがエル・ライブラリーでは1953年3月に大阪・中之島公会堂で開催された「スターリン追悼大会」のポスターを所蔵している。わたしの一番のお気に入りのポスターである。

THE DEATH OF STALIN
107分、フランス/イギリス/ベルギー/カナダ、2017
監督:アーマンド・イアヌッチ、製作:ヤン・ゼヌーほか、原作・脚本:ファビアン・ニュリ、音楽:クリストファー・ウィリス
出演:スティーヴ・ブシェミ、サイモン・ラッセル・ビール、パディ・コンシダインルパート・フレンドオルガ・キュリレンコマイケル・パリンアンドレア・ライズブロー、エイドリアン・マクラフリン、ポール・ホワイトハウス、ジェフリー・タンバー