吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ホームワーク

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 キアロスタミ監督が我が子の宿題をみてやっているときに抱いた疑問が、この映画を撮るきっかけとなっている。キアロスタミはカメラを学校の中に入れ、子どもたちに一人ずつ、インタビューしていく。「きみはなぜ宿題をやらなかったの」
 子どもたちの答えはさまざまだが、何度も登場するのが、お父さんにベルトでぶたれる、という話だ。イランの家庭内に暴力が横行していた様子がよくわかる。しかも子どもたちはそのことを疑問に思っていないことが戦慄を呼ぶ。親の教育水準が低いため、宿題を教えてもらえないとか、弟の世話をしないといけないから宿題ができないといった家庭環境があぶり出されてくる。
 面白いのはこのインタビューが真正面からのカメラによって撮られていること。インタビューしている監督自身がたびたび画面に登場し、じっと子どもに向いているカメラそのものを正面から撮ったカットが挿入されること。つまり、撮る者と撮られる者の相互の存在を可視化するドキュメンタリーであることだ。
 じっとカメラに凝視されている恐怖に耐えられない子どももいて、インタビューに答えているうちに泣き出してしまう。その表情がまたなんとも可愛らしいのだが、そこまでしてカメラを回さなくてもいいのに、とも思える。
 シャヒッド・マスミ小学校が実名で登場するという点が驚きだ。学校の中にカメラを入れて生徒たちに次々とインタビューしていくその様子は、今の日本ではかなり無理があるだろうと思われる。淡々と映し出される朝礼の様子に、戦時下のイランであることを如実に感じさせられて背筋が寒くなる。「フセインを殺せ!」と唱和する小学生の群れは恐ろしい。それが学校教育であることが何よりも恐ろしい。今から30年近く前の映画ではあるが、その後のイランの様子を顧みるにつけ、この時に朝礼で打倒イラクを叫んでいた子どもたちが今や中年で、自らの子女を教育していると思うとまたまたぞっとしてしまった。

MASHGH-SHAB
86分
イラン、1989
監督・脚本:アッバス・キアロスタミ、撮影:イラジ・サファヴィ、音楽:モハマド=レザ・アリゴリ
インタビュー:アッバス・キアロスタミ