怒り
傑作「悪人」の続編、あるいは別バージョンともいえるような作品。製作メンバーも同じなら、主演のひとりも同じ妻夫木聡。ただし、残念ながら前作を上回ることはなかった。それだけ「悪人」が良くできていたとも言える。
巻頭いきなり凄惨な殺人現場が映る。この時点でこの映画の暑苦しさが決まったかのようだ。東京の夫婦が殺害された現場を調べる刑事たちの汗が、物語の粘っこさを強調する。容疑者は早くも特定された。似顔絵も公開されている。にもかかわらず1年以上逃げおおせている彼=山神は、整形手術を受けていたのだった。そして物語は千葉、東京、沖縄を舞台にオムニバスの様相を見せる。その三か所で、容疑者山神によく似た男たちが出現する。世の中に自分に似た人間は3人いると俗に言われているように、山神に似た若者が3人いる、ということか。それともその3人のうちの一人が山神なのか。真相は闇の中だが、三つの物語にはまったく接点がなく、ただ一つその三か所の物語をつなぐ縦糸が冒頭の殺人事件であり、犯人を追う刑事たちの存在だ。
今回も李相日の演出は冴えている。三つのまったく異なる物語をつなぐ編集の技といい、一つ一つの場面のカメラアングルといい、役者のセリフ回しといい、実にうまい。もうこの人には映画作法の上では文句をつける隙がない。しかし、その抜群の技法を以てしても、残念ながら今作は人を殺すまでに至る「怒り」そのものを突き詰めることができなかった。それはおそらく原作の弱さに起因するのだろう。この映画は見ごたえ十分で、まったく飽きることなく緊張感が途切れることなく進んでいく。誰が犯人なのかという、サスペンスにとって最も大事な謎解きもきちんとはめ込まれている。だから、本作はぜひ多くの人に見てほしいと思うのだけれど、「悪人」に感動した人には、「あまり多くを期待しないように」とだけ言っておきたい。
本作のテーマは謎解きではなく、人を信じることの難しさと信じぬく希望、であるという。愛とは信じること、だとすれば、信じきれないのは愛が足りないから? 信じなかった罰は愛を失うこと? それぞれに失ってしまった愛への激しい後悔が3つの場面での号泣で描かれる。とりわけ妻夫木聡と宮崎あおいの泣きの演技には胸をつかまれた。
犯人が誰かわからないようにはぐらかすためには、犯人と疑われている青年たちの内面を描くことを禁欲しなければならない。彼らが何を考え、何に怒り、何を悲しみ、何に絶望しているかを早いうちから明らかにしてしまってはネタバレになってしまうからだ。しかしそれがアダになって、どうにも犯人像がはっきりしなくなった。なぜ罪のない夫婦を惨殺したのか。壁に書かれた「怒り」の文字は何にぶつけられていたのか。答えはラスト近くで明かされるが、腑に落ちない思いが残る。
いくつか心残りな点もあるとはいえ、力の入った作品でかつ見ごたえは十分あるので、お薦め。 女子高校生役の広瀬すずが素晴らしかった。愛らしく賢そうな顔はもちろん大変魅かれるが、それだけではなく、難しい役を体当たりで演じた。これからの時代を背負っていく楽しみな逸材を観ることができたのは大収穫だった。
「大切なものは増えるんじゃなくて減っていくんだ」は名言。
141分、日本、2016