吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

酔いがさめたらうちに帰ろう。

 しみじみといい映画。アルコール依存症と癌で死んでいく悲惨な話なのにユーモラスなのは、原作者(主人公)が自分を客観視して見ることができるからだろう。


 「毎日新聞」で毎週日曜日に連載されている「毎日かあさん」という漫画はカラーでとても楽しい。その独特な骨太の筆遣いが味のある、豪快なかあさんとその一家を描く。この漫画が楽しみで読んでいたら、テレビアニメになっているだけではなくて、今度実写版映画になるというではないか。しかも、タイトル通りの「毎日かあさん」だけではなく、作者西原(さいばら)理恵子の元夫が書いた小説が原作の「酔いがさめたら…」も上映されるというから、これはぜひ2作を見比べてみたいという興味がわいた。


 本作は2007年に亡くなった鴨志田穣(かもしだ・ゆたか)の自伝的小説を原作にしている。アルコール依存症だった本人が依存症を克服した体験記を書いているのだが、その後、彼は死んでしまう。人気漫画家西原理恵子と結婚した戦場カメラマン鴨志田は結婚前からのアルコール依存が悪化し、それが原因で離婚に至る。しかし、離婚後も西原は鴨志田の近所に住んで彼に寄り添い、子どもたちを連れて病院に見舞いに行き、彼を支え続けた。アルコール病棟を退院した鴨志田は次は癌病棟へと転院し、退院後は元家族とともに穏やかに暮らして半年後、亡くなる。

 とまあ、ざっとこういうストーリーで、どんなに悲惨なアルコール依存症の話が展開されるのかと怖いもの見たさで映画を見に行ったが、拍子抜けするほど悲惨な場面は少ない。それに、西原との出会いの場面なども一切登場しない。映画はいきなり鴨志田(映画の中では塚原安行という名)が飲み屋で倒れ、さらには自宅で大量の血を吐いて倒れる場面から始まる。なぜ塚原はアルコール依存症になったのだろう? そんなトラウマ的な原因追求場面はついぞこの映画には登場しなかった。その代わりに描かれるのは、塚原が入院した精神病院でのユーモラスな日々だ。彼の主治医が関西弁をしゃべる女医で、高田聖子が実に上手くこのおおらかでユーモラスな医者を絶妙のタッチで演じている。この映画に登場する役者がことごとく上手いもんだから、患者を始めとした個性溢れる面々の姿に心が吸い込まれていく。
 

 やはりなんといっても魅力なのは塚原の元妻、漫画家の由紀だ。永作博美は相変わらず上手い。「毎日かあさん」の豪快なキャラクターそのままの明るさと強さとしたたかさとしなやかさを持つ漫画家由紀が、本作全体を屋台骨のごとく支えている。依存症の(元)夫を支えながら、「大丈夫、まだ死なないよ」と励ましたり、「なかなか死なないもんだねぇ」とつぶやいてみたり、その包容力ある愛情表現が塚原をどれだけ勇気づけ、安らぎをもたらしたことだろう。


 由紀も塚原の母も、アルコール依存症の家族を支えて大変な苦労をした。しかし、映画では彼女たちの強さは描かれていても、絶望は描かれていない。アルコール依存症者の家族から見れば、作り事のような甘い話に見えるかもしれない。しかし、彼女たちがベタに自分たちの不幸に沈まない知恵を持ち合わせていたことが、結果的に塚原を依存症から立ち直らせたのだ。


 彼が入院中の食事に異様な関心をみせ、とりわけカレーに対してただならぬ執着をみせる最高にユーモラスな場面では、人はどんなに悲惨な境遇にあるときでも、どこかにひょこっと抜け穴のような楽しみやユーモアを忘れないものだ、と実感させてくれる。ラストシーンでは親子が浜辺を散歩する、ありえないぐらい美しい場面が繰り広げられる。この画面のカメラの動きが素晴らしい。人物配置、距離を計算し、親子4人をそれぞれの速さで歩かせて、カメラが下から上へゆっくりとパンすると、広大な海が光り輝いて登場する。息を呑むほど美しい。人生の最後に塚原は何を感じ、何を家族と共有していたのだろう。そこには言葉などいらない、安らかな愛が溢れていた。


 編集が下手だと思う場面が二箇所。あまりにも「つなぎました」という画面では興ざめ。誰が編集したのかと思いきや、監督本人だからね、誰にも文句を言えません。

エンドクレジットで西原理恵子が出ていると知ったが、どこに出ていたのかわからなかった。精神病棟の患者役らしい。


 劇場用パンフレットにはアルコール依存症の説明が付いていて、依存症テスト表もある。男性用と女性用があり、早速チェック。なんと、「アルコール依存症の疑い群」に分類されてしまった。ま、当然か。

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118分、日本、2010
監督・脚本: 東陽一、製作: 山上徹二郎ほか、原作: 鴨志田穣、主題歌: 忌野清志郎 『誇り高く生きよう』
出演: 浅野忠信永作博美市川実日子利重剛、藤岡洋介、高田聖子、香山美子